第107回 「保津峡の入口と出口における歴史的・地質的観点からの考察」

 要旨

今回は保津峡の入り口である馬堀、保津峡、そして出口である嵐山にて巡検を行います。馬堀と保津峡では、トロッコ列車や保津峡開削の歴史を学び、映画のロケ地として使われることもあるダイナミックな露頭を観察し、地形の形成過程について説明します。嵐山では竹林でみられる断層を観察します

 案内者

重永瞬(京都大学文学部地理学専修4回生)皆木香渚子(京都大学文学部地理学専修4回生)

大谷侑也(京都大学大学院文学研究科地理学専修博士課程)

 野外実習の概要

日時
2018年6月3日(日)
場所
京都府京都市、京都府亀岡市
参加者
19名(学部生9[文7、工1、農1]、院生6 [文5] [ASAFAS1]、教職員3[文1][ASAFAS1][タンザニア・ソコイネ農業大学1]、社会人1)
行程
JR嵯峨野山陰線馬堀駅(趣旨説明・自己紹介)→馬堀駅周辺を散策→JRにて保津峡駅に移動し、保津峡の地質を観察→途中昼食→JRにて嵐山駅に移動し周辺を散策→打ち上げ(水野邸でBBQ)

 報告

馬堀駅に集合し自己紹介と趣旨説明の後、周辺を散策しました。天気は快晴で、青空と水田や山々の緑のコントラストが美しい日でした。写真は保津峡の入口を目指して歩くいているところです。

馬堀駅から東に10分ほど歩いたところにあるトンネル。手前側(北側)からトンネルを見ると入口は四角形ですが、トンネルの奥側(南側)はアーチ状に作られています。これは、トンネルの北側は山陰本線が電化された時に作られたのに対し、トンネルの南側は電化前に作られたためです。トンネルの手前側はコンクリートで、奥側はレンガでできています。

保津峡の入口です。亀岡盆地から山地に向かって桂川が流れています。普通、河川は山地から盆地に向かって流れます。ここで桂川が山地を貫いて流れているのは、付近を通る樫原(かたぎはら)断層の活動によって平野が隆起する速度より、桂川の下刻浸食で谷が削られる速度の方が大きかったためです。桂川は蛇行を維持したまま流れており、このような河谷を流れる河川の蛇行のことを穿入(せんにゅう)蛇行といいます。

馬堀駅周辺を散策した後、JRで保津峡駅に移動しました。写真はJR保津峡駅(右手)と保津峡のV字谷です。

保津峡駅から歩くこと約40分、桂川と支流の清滝川の合流地点にある立岩(写真左手)付近で岩石を観察しました。

ここでは、チャート(左)と頁岩(右)がみられました。チャートは非常に固くて風化しにくい性質があります。嵐山をはじめ、京都西山の傾斜が急(平均勾配は約30度)なのは、基盤岩がチャートからできているためです。一方の頁岩は頁をめくるように薄くはがれます。頁岩は、京都盆地北東端に位置する大文字山や比叡山の山腹でも観察できます。

岩石を観察した後、参加者全員で集合写真を撮りました。

集合写真撮影後、昼食を食べ再びJRで嵐山に移動。強い日差しを竹林が遮り、爽やかな空気が感じられました。写真では、手前から奥にかけて通路が緩やかに下がっています。これは、樫原断層の活動によって生まれた傾斜です。

嵐山公園にて保津峡の掘削を行った、角倉了以像を見学しました。角倉了以は私財を投じて保津峡(大堰川)と高瀬川を開削したことで知られています。嵐山公園の銅像は、右手にはツルハシを携え京都市内を見守っているようにみえました。

保津川下りを終えた船は、阪急嵐山駅周辺まで伸びる水路から陸揚げされ、トラックで亀岡市内の乗り場まで戻されます。昔は船に縄をくくりつけ、人力で亀岡まで引っ張っていったそうです。先人の並々ならぬ苦労が感じられますね。

嵐山散策後、水野邸に向かい打ち上げのバーベキューをしました。みなさまお疲れ様でした!

京都大学自然地理研究会

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