第57回 高山の植生と様々な環境因子との関係

 趣旨

今回の研究会では、南アルプスを訪れ、特に(1)高山植物の「お花畑」とその立地環境の関係、(2)風と樹木の関係に焦点を当て、高山の植生と、植物の分布や形質に影響を与える諸環境因子との関係を学びます。また、(3)これらの自然環境を人間が保護・利用する新たな取り組みとしてのジオパークについても取り上げます。

  

(1)なぜ、「お花畑」がそこにあるのか?−南アルプスの高山植物の立地環境を探る 山を登っていると森林限界以下なのに突然視界が開き、色とりどりの高山植物が咲き乱れる「お花畑」に出くわすことがあります。なぜ、そこには森林がなく「お花畑」があるのでしょうか?今回の案内者の一人水野は今から約30年前の1981-2年に南アルプス全山の「お花畑」の成因を調べました(『地理学評論』1984、57-6、論説)。今回の研究会の座学では、そのうち三伏峠の30年前の「お花畑」を当時のスライドを使って種構成や成因について説明します。野外実習ではその「お花畑」が30年間でどのように遷移・変化しているかを実際に現場で見てもらいます(案内者自身も30年ぶりです)。

  

(2)風のみち、樹木は語る−南アルプスの気候景観を描く 山岳での強い風は森林や樹木にどのような影響を与えているでしょうか。座学では、はじめに山岳で強風が吹くメカニズムを地形と結びつけ紹介します。そして、強風がもたらす森林や樹木への影響を「偏形樹」や「縞枯れ」現象といった事例に着目して考えます。野外実習では、地形の変化に伴う風の強さを体感するとともに、「偏形樹」の分布ならびに形質を地図上で把握し、30年間の変化を考察します。

  

(3)ジオパークとは何か?−新たなる自然公園の概念 お花畑など特徴的な自然環境が成立する高山域においては、従来、自然公園として動植物などの保護がなされてきました。それに対し近年、地質学的・地形学的に貴重なサイトの保護とその積極的な利用を謳うジオパークが登場し、南アルプス(中央構造線)など11地域が日本ジオパークに認定されています。座学では、このジオパークの概念と現状を紹介するとともに、従来の自然公園との関連性について議論します。また野外実習では、行程中の登山コースや中央構造線博物館を通じて、南アルプスにおけるジオパークの実情を視察します。

 案内者

  • 水野一晴(アジア・アフリカ地域研究研究科准教授)
  • 飯田義彦(地球環境学舎D1)
  • 中村真介(農学研究科D1)

 座学・ミーティングの概要

第1回(概要説明)

日時

2010年7月6日(火)

場所
京都大学稲盛財団記念館
参加者
12名 (学部生5 [文1;工1;農2;奈良大学-文1]、 院生5 [農2;人環1;AA研1;地環1]、 教員1 [AA研1]、 その他1)

 

第2回(座学)

日時

2010年7月13日(火)

場所
京都大学稲盛財団記念館
参加者
14名 (学部生5 [文1;医1;工1;農1;奈良大学-文1]、 院生6 [農2;人環1;AA研2;地環1])、 教職員3 [AA研3])
内容

  • 「お花畑」の構成と成立要因(水野)
  • 風が樹木に与える影響(飯田)
  • ジオパークとは何か?(中村)

 

第3回(最終確認)

日時

2010年7月15日(木)

場所
京都大学稲盛財団記念館
参加者
10名 (学部生4 [文1;工1;農1;奈良大学-文1]、 院生5 [農2;人環1;AA研1;地環1])、 教員1 [AA研1])

 野外実習の概要

日時

2010年7月16日(金)−19日(月)

場所
南アルプス・三伏峠
参加者
11名 (学部生4 [文1;工1;農1;奈良大学-文1]、 院生5 [農2;人環1;AA研1;地環1])、 教員1 [AA研1]、 その他1)
行程
7/16(金)

稲盛財団記念館[集合]→神宮丸太町駅<京阪電車>東福寺駅<JR奈良線>京都駅<新幹線>名古屋駅・名鉄バスセンター<高速バス>松川IC<タクシー>鳥倉林道ゲート前駐車場〔テント泊〕

 

7/17(土)

鳥倉林道ゲート→三伏峠テント場→三伏峠・烏帽子岳→三伏峠テント場〔テント泊〕

 

7/18(日)

三伏峠テント場→三伏峠・烏帽子岳・前小河内岳→三伏峠テント場〔テント泊〕

 

7/19(月)

三伏峠テント場→鳥倉登山口<バス>鹿塩(温泉・食事)<タクシー>中央構造線博物館<タクシー>安康露頭<タクシー>伊那大島駅[解散]

 報告

今回は、主宰者である水野先生が学部の卒業研究として30年前に調査した思い出の地、南アルプスを舞台として、主に高山の植生と植物を取り巻く様々な物理的環境因子との関わりを学びました。

 

出発日の7月16日は夕刻に京都を発ち、新幹線、高速バス、タクシーを乗り継ぐ計約6時間の移動で、最初の宿泊地、長野県大鹿村の鳥倉林道ゲートまで向かいます。涼しい風が頬をなでる標高約1,650mのゲート脇の駐車場で、片隅にテントを張って泊まりました。

 

翌朝は6時過ぎにゲートを出発し、まずは登山口まで林道歩きです。山肌を削った林道沿いにはあちこち露頭が見られ、三波川帯の高圧変成岩(結晶片岩)を観察しながらのんびり歩を進めて行きました。

かつての海底堆積物が地下深部で再結晶した際、結晶が方向性をもって配列することにより、結晶片岩には面構造が形成され、露頭には縞模様として現れる。写真は泥岩が変成した泥質片岩。

 

今回訪れた地域を含め、南アルプス(中央構造線エリア)は、地球活動の遺産を主な見所とする自然の中の公園である日本ジオパーク( http://www.gsj.jp/jgc/indexJ.html )に認定されており、地球科学的な遺産の保護や教育・普及が謳われています。鳥倉登山口の前にも、塩見岳方面への登山道沿いの岩石の解説板(http://mtlwebmusesub.web.fc2.com/shiomirouterocks.htm)があるはずでしたが、残念ながらシーズンに設置が間に合わなかったのか、それが掛けられていただろう枠が立っているのみでした。

 

入山後しばらくはカラマツの林の中を一気に上がって行きます。三伏峠までの道はその後も木立から垣間見える景色を横目に、ひたすら樹林帯の中を突き進みます。

カラマツ林内で下層植生についての説明を受ける。カラマツの幹に巻かれたビニールはクマによる樹皮剥ぎ対策である。

ゴゼンタチバナ

 

カニコウモリやゴゼンタチバナなど典型的な亜高山帯の下層植生を観察しながら歩くこと約3時間余りで、峠と名のつく地としては日本一標高の高い(2,560m)、三伏峠の小屋の前までたどり着きました。

小屋の前のテント場にテントを設営後、この日の観察に出かけました。ガスが出て、あまり見通しは良くない中でしたが、まずは水野先生の30年前の思い出のフィールドである三伏峠の「お花畑」を見に行きました。三伏峠は森林限界よりも低く、その周囲のより高標高の斜面が樹木に覆われる中ぽっかりと顔を覗かせる「お花畑」は、不思議な光景に思われました。

「お花畑」の奥の斜面はすっぽり森林に覆われている。「お花畑」に進入している針葉樹も風の影響によりある高さ(積雪深に相当、矢印)以上に生育できず、上部の枝は枯れている。

 

ここは「亜高山帯風背緩斜面型」の「お花畑」にあたります。三伏峠は亜高山帯にありながら、稜線の鞍部にあたるために強い風が吹きぬけることによって樹木の生育が妨げられています。そして風下(風背)側にあたるため雪が吹き溜まり、高山植物の生育にとって好ましい水分条件が提供されるためにここに「お花畑」が成立しているのです。

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第57回 高山の植生と様々な環境因子との関係#2」へ続く

京都大学自然地理研究会

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