わたしは焼畑農耕民を調査の対象としているので、森よりも畑に出かけることの方が多い。リュックのなかに、メジャーやら方位磁石やらロープやら、いろんな調査道具をどかどか詰め込み、調査助手をひきつれて勇み足で出かけていく。ギラギラ照りつける太陽のもと、フィールドノートを片手に、畑のなかにある作物についてインタビューしたり、畑の面積を測ったり。 でも、ときどき、きまぐれに森にでかけたくなることがある。ちょっと調査に行き詰まったとき、畑に行く約束をすっぽかされたとき、妙に太陽の光がまぶしいなと感じたとき、わたしはなんだか森に誘われているような気分になるのだ。 そんなある日、わたしは村に暮らす二人の青年サクルとマリアを誘って森へ出かけた。 「今日は、仕事(つまり、樹木の本数を数えたり、胸高直径を測ったりといった作業のこと)は無し。あなたたちといっしょに森を歩くだけ。でも、なにかいいものがあったら教えてね。」 ナビゲーションを任された彼らは、俄然はりきって森のなかへとずんずん進む。いつもはシャイでおとなしい彼らも、この日ばかりは饒舌だ。身振り、手振りを交えつつ、おもしろおかしくしゃべりはじめる。ときどき立ち止まっては、植物の名前やそれにまつわるエピソードを説明してくれるのだが、そのひとつひとつがとてもおもしろくて、私は結局フィールドノートを取り出すことになる。 森に入って1時間ほど経ったとき、ふと彼らが足をとめた。そこには、矢羽根型をした籐の若葉がたくさん生えていた。「どうしたの?」とわたしは尋ねた。サクルはにやっと笑い、「この葉っぱは、ンガカ(ngaka*1)って言うんだ。アムール(amour;仏語で「恋」)について教えてくれるんだよ。」といいながら一枚の葉を両手でつかんだ。そして、その矢羽根型の葉っぱの両端を持ち、ゆっくりと左右に裂いていく(写真1)。しかし、葉柄まで達することなくその葉っぱはちぎれてしまった。 「ウヘェ、だめだ。もう一回。」 {{img 4.jpg,height="300"}} {{span style='font-size:10pt;',(写真1上) 恋占いの葉“ngaka”を手にするマリア(左)とサクル(右)。}} 横で笑いながらマリアが説明してくれる。「この葉っぱはね、アムールがうまくいくかどうか教えてくれるんだ。根元まできれいに裂けたらアムールはうまくいく。途中でやぶれちゃったら、アムールはうまくいかない。」 そう言われて見てみると、まわりには「恋占い」をしたあと、つまり、ちぎれた葉っぱのあとがいっぱいある。「これ、みんなが試したの?」と聞くと、マリアは「そうだよ。カガリもやってみて。」と言って、いたずらっぽく笑う。二人が見守るなか、わたしは緊張の面持ちで葉っぱをひっぱった。ピリピリピリという小さな音とともに、すうっと葉っぱはきれいに二つに分かれた(写真2)。 {{img 5.jpg,height="300"}} {{span style='font-size:10pt;',(写真2)二つに分かれた"ngaka"の葉。カガリのアムールはうまくいく?!}} 「ウヘッヘェー!!カガリのアムールはうまくいくよ!」わたしとマリアは大喜び。 その横で、サクルは3枚目の葉に手を伸ばしていた。結果は×。がっくりと肩をおとすサクルをなぐさめながら、我々は帰途についた。 帰り道、サクルがふと足をとめた。そばにあるマランタセイ(クズウコン科)の葉っぱを切り取ったかと思うと、一本の木に近づいていった。それはバカ語でカソ(kaso*2)と呼ばれる樹木だ。彼はカソの木の根元に葉っぱをおくと、山刀を両手に持ち直し、その樹皮を削り始めた(写真3)。 あきれ顔のマリアがわたしに説明する。「あれはね、アムールの薬。好きな女の子のごはんに、削った樹皮をこっそり混ぜておくのさ。食べた女の子はサクルのことを好きになる。」サクルにはどうやらお目当ての女性がいるらしい。恋の媚薬は効くのかしら? {{img 6.jpg,height="350"}} {{span style='font-size:10pt;',(写真3)恋の媚薬"kaso"を削るサクル。真剣な眼差しに注目。}} {{span style='font-size:10pt;', *1 Eremospatha sp.(ヤシ科)}} {{span style='font-size:10pt;', *2 未同定}}