自然地理研究会(2005年)

自然地理研究会は、自然地理を勉強したいと考えている人たちの集まりです。参加資格はありません。参加希望の方は水野まで。

 

第30回自然地理研究会 2005年7月10日(日)午前8時30分−午後5時,滋賀県高島市朽木,参加者13名(学部1[農1],院生11[AA研10、医1],教官1)

 テーマ:『滋賀県朽木谷における里山利用の動態に関する総合的研究』

「朽木村研究会」(代表水野一晴 ほか6名)のメンバーにより、研究成果の報告をかねて、各調査地を案内してもらいました。朽木村研究会は、2004年に日本生命財団の助成金を受けて、『滋賀県朽木谷における里山利用の動態に関する総合的研究』を開始しました。この研究は、滋賀県朽木谷の山間集落における里山利用の変遷を、地域住民の生活システムの変容ならびに地域社会の再編過程との関係に着目しながら動態的に明らかにし、現在の里山がもつ意味を再検討することを目的としています。

<場所> 滋賀県高島市朽木

<案内者> 岡本雅博、宮本直美、市野進一郎、藤岡悠一郎 (A・A研)

 

まず、最初に、朽木村の道の駅で開催されている日曜朝市を見学し、朽木観光協会の澤田さんに朝市の歴史等についてお話をうかがいました。朽木村の名産品として、鯖寿司、鯖のへしこ、鯖のなれ寿司、栃餅などが売り出されるいきさつについて説明されました。これらは、本来、家庭のみで食されてきたもので、これらが朽木村の名産品となっていったわけです。

残念ながら、そのときの写真を撮るのを忘れました。

 

次に、朽木桑原の山菜農園じゅうべえにて、このあたりの獣害について西澤さんにインタビューしました。獣害となっている動物は、シカ、サル、イノシシ、クマなどです。

 

朽木桑原の山菜農園じゅうべえにて

 

次に、大宮神社(生杉、小入谷、中牧、古屋の4集落で祀る。所在地は中牧)を、かつて神主を勤められたかたに案内していただきました。近畿を中心に西日本の村落社会には、神社の伝統的祭祀組織の一種である宮座というものがあります。詳しくは省略。

 

これは大宮神社の山の神です。山の神には、毎年、木製の刀や剣を供え、木こり人々の安全を願います。

 

朽木村では、高齢化と過疎化が進行し地域社会が衰退するなか、地域の自然環境、歴史・文化を活かした地域の再生と活性化を目指す、NPO「朽木針畑山人協会」が設立されました。協会の山本さんのお話を聞きました。「朽木村研究会」のメンバーのうち、3名が山人協会に加入しました。

 

元神主さんの説明に熱心に耳を傾けています。

 

屋根は最近になって銅板に葺き替えられました。

 

何かを議論中。

 

1960年ごろまで、朽木谷では田畑に入れる肥料やウシの飼料(ホトラ)を確保するため、山焼きやホトラ刈りなどが実施され、そのような利用をされてきた里山をホトラ山と呼んでいました。ホトラ山の見学。

 

ホトラ山に入って、物思いに耽る伊藤くん。

 

恒例の温泉。時間が遅かったので、日が沈む前の入浴前に記念撮影です。

 

 

第29回自然地理研究会 2005年6月15日(日)午前8時30分−午後5時,滋賀県高島市朽木,参加者12名(学部2[農1,文1],院生9[AA研9],教官1)

 テーマ:『河川周辺の植生分布とその規定要因』

今回は、3班に分かれて植生調査を行い、河川周辺の植生分布と地形や土壌との関係を考えました。川に直行する方向にトランセクトを設けて植生・地形・土壌調査を行い、川からの距離によって植生がどのように移り変わるか捉え、その要因を考察しました。実習の前の座学で調査方法や場所の検討を行い、また実習後にデータのまとめを行いました。

<場所> 滋賀県高島市朽木周辺の河川上流域

<案内者> 平井将公、藤岡悠一郎、吉田美冬 (A・A研)

 

川を横断するようにベルトトランセクトを設け、それに沿って測量をし、その地形断面 に沿って毎木調査を行いました。

樹木の種類と胸高直径と樹高を調べました。しかし、あまりに夢中で調査を行ったので、写 真を撮るのを忘れていました。

 

このあたりは、クリとコナラの樹木が多いです。今度は、そのベルトトランセクトのなかの林床植生を調べました。

 

議論中。

 

 

調査後はいつものように温泉で汗を流しました。調査で汗をかいただけに、温泉は気持ちいい。

 

温泉のあとは、これもいつものように、バーベキューとビールで乾杯です。

 

 

第28回自然地理研究会 2005年5月15日(日)午前10時−午後5時,滋賀県守山,参加者26名(学部5[理2,農2,文1],院生13[医1、AA研12],他大学・学部1,他大学・院生2,他研究員2,社会人1,教官2)

 「遺跡にみる自然環境の変遷と人間活動の対応関係の検討」に関する野外実習

 

場所:浮気南(ふけみなみ)遺跡、下之郷(しものごう)遺跡

講師:宮本真二(琵琶湖博物館)、森山宗保(守山市教育委員会)、小野映介(名古屋大学・院)、川畑和弘(守山市教育委員会)

 

今回は、はじめて、考古学的実習を行いました。考古学の遺跡現場を素材として、考古学の発掘手法、遺物や遺構の解釈方法、遺跡立地を検討するための技法、微地形変化や古環境変遷などを学びました。

 

JR東海道本線守山駅近くにある浮気南遺跡です。古墳時代前期を中心とした住居跡が見られます。実際に地面 を削って、土器破片の採集作業を行いました(もちろん、採集した土器の破片は、持ち帰ることはできません)。何か、宝物探しのような感覚で楽しいです。白いラインの内側に遺構が検出されています。地表面 を削って、土色、土質の違いから、遺構の範囲を特定します。白いラインは、その土色、土質の違いから判定された遺構の範囲を示します。

 

土器の破片を地面の上に左から右に、古い時代から新しい順に並べました。土器の質や厚さ、色の違いなどから作成時代の判別 方法を教えてもらいました。

 

遺跡発掘の際には、その場所の環境変遷を知るために、地面を掘って、土壌断面を調査します。

 

土壌断面から環境変遷を判別する方法を学びました。

 

土壌断面の下の方の層は、砂の層です。その砂層の中に丸い礫が含まれています。この砂層が堆積した弥生時代は、河川活動が活発であったことがわかります。その上は、シルトー粘土層で、この古墳時代には、この場所があまり河川活動が活発でなかったことがわかります。

 

下之郷遺跡です。弥生時代の環濠遺跡として有名で、国指定遺跡になっています。集落が三重の濠で囲まれていました。写 真の向こう側が一番内側の濠で、手前が二番目の濠です。一番外側の濠は写真に写っていません。環濠に取り囲まれた村は、約22haもあります。ここでは、石器、土器、木器が出土し、この一帯が今から約2100年前の弥生時代の村の跡であることがわかりました。当時の動植物や弥生人が使っていた様々な道具や生活跡が、そのまま残っています。環濠は、防御的役割のほか、生活用排水としても利用されたようです。「戦い」を行っていたことが推測される遺物が多く検出されています。

 

環濠の中の説明を受けます。

 

環濠の中には、弥生時代の遺構が見られます。

 

弥生時代の地層から、粘土質の土層の塊を取り出し、それを水で洗って、弥生時代の遺物を調べます。

 

土の塊を篩いに入れて、水で洗います。

 

弥生時代の木の枝や葉っぱ、木の実などが出てきます。

 

葉っぱとドングリが見えます。これらの葉っぱは顕微鏡で見て、弥生時代にこのあたりがどんな植生に覆われていたかを推測します。

これまで弥生稲は朝鮮半島や中国大陸から伝わった品種「温帯ジャポニカ」と考えられてきましたが、ここでは、現在の日本では栽培されていない「熱帯ジャポニカ」がたくさん出土しました。下之郷遺跡の熱帯ジャポニカは東南アジアや南西諸島からもたらされた可能性が高くなりました。さらに、環濠の中から、ゲンゴロウブナの頭の骨がたくさん見つかっています。見つかったゲンゴロウブナは産卵のために遺跡周辺にのぼってきたところを弥生人に捕らえられ、頭とエラ、内臓が環濠の中に捨てられたと考えられています。

 

こちらは、弥生時代の遺物よりも、弥生時代を含めた地層に興味ある人たちです。

 

地層を観察し、過去の環境変遷を復元します。

 

野外実習を終え、これから温泉で汗を流し、それから打ち上げです。お疲れ様でした。講師の方々、どうもありがとうございました。

 

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