6. 精霊儀礼の「多様化」と「文化内多様性」

これからは、アカやムブティなどバカとは異なるグループの間で、精霊儀礼の比較検討を行うことも必要であると考えられます。しかし、バカだけを見ても、精霊には多くの種類があり、集落によってどのような精霊が訪ねてくるかも異なっています。このような「文化内多様性」の成り立ちをきちんと把握することが、文化間の比較に先立って必要となってくるでしょう。

この観点から、私は、バカの精霊の多様性が生み出される社会的プロセスについて考察し、以下の二つの論文にまとめました。

「バカ・ピグミーの精霊儀礼」(『アフリカ研究』49 1996,9)

「Diversityof Ritual Spirit Performances among the Baka Pygmies in Southeastern Cameroon」(African Study Monographs, Suppl. 25:47-84, March 1998)

調査地域に伸びる伐採道路沿いに分布する227つの集落を対象に、精霊儀礼の実践状況を広域調査したところ、53種類の精霊が認められましたが、これらの間には分布の仕方に違いがあることが分かりました。

精霊の分布の違い(クリックで拡大図)
fig.6

例えば、上で紹介したジェンギやエンボアンボアなどは、100以上の集落で広く見られるようなメジャーな精霊ですが、その他の多くの精霊たちは、せいぜい10〜20、多くの場合は単一の集落でしか見られないようなマイナーなものでしかないのです。バカの間では精霊が個人の所有に属するという特有の考え方があり、種類・分布の広がりの形成に大きく関わっています。

まず、多くのバカの人々が、めいめいに新しい精霊を創出することで、精霊は多様化します。一方、精霊は個人間で売買されることも多く、その交換の過程の中で、ある精霊は多くの人に好まれ、広く伝播してゆくのに対し、別の精霊はあまり好まれず消えてゆきます。つまり、精霊の「淘汰」が生じると考えられるわけです。

バカの精霊が言及される場合、ジェンギのような目立つ事例のみがクローズアップされてしまう傾向がありますが、その成立基盤を理解するためには、背後に無数にうごめく大小の精霊たちにも目配りをする必要があります。アカ、ムブティなど他集団の精霊儀礼に関しても、同様の流動的な性質が断片的に報告されており、文化間の比較にあたっても無視できない要因となってくると考えられます。