2. 声に満ちた村

私はザイールの赤道直下にある,ボンガンドの村ヤリサンガで,自分の家を建ててもらって住んでいた。 自分の家なら落ち着いて仕事ができるだろうと思っていたが,なかなかそのようにはいかなかった。外から,声が侵入してくるのである。

家のまわりで,雇った人たちの話し声がする。その声がとんでもなく「通る声」で,しかも間断なく続くのである。 仕事を頼んでいる立場上,静かにしてくれと言うわけにもいかず,私はヘッドフォンステレオで音楽を鳴らして,その声を中和しようと努力した。 熱を出して,人と会うのがしんどいので家の窓を閉めきって寝ていたとき,外で何度も,「ボンデレ(ボンガンド語で白人の意)は寝ている!」と叫ぶ声が聞こえてくるのである。「放っておいてくれ」とつぶやかざるをえなかった。

集会小屋で大声で語り合う男たち
ボンガンド村は,遠くからの声で満ち満ちた空間である。家の中に座っているだけで,ほとんど間断なく誰かの発話が耳に入ってくる。 私はこれらの声の全体を「背景発話」と名づけた。

彼ら自身は,そのような背景発話をどの程度聞き取ることができるのだろうか。 実はその割合は,われわれ日本人のそれよりもはるかに高いものと思われる。 それは彼らの言語がトーン(音調)言語だからである。 同じアルファベットでつづれる単語でも,トーンが違えばまったく違った意味になる。 口での発話でなく,高い音と低い音の二つがトーキング・ドラムや,指と手のひらで作った笛でも,彼らはけっこう流暢に「会話」することができるのである。 したがって遠くから聞こえてくるかすかな発話でも,トーンさえ聞き取れ,話されているコンテクストと照らし合わせれば,かなりの内容が理解できると考えられる。

>>Next Page