第94回 紀ノ川中・下流域の地形観察

 趣旨

今回の研究会では、河岸段丘が発達する紀ノ川中・下流域をフィールドに、本地域を地形・地質的側面から観察する。古来より水不足が大きな課題となってきた河岸段丘における人々の生活の側面について、土地利用や用水開発、歴史的問題と関連づけて概観していく。

 案内者

海本卓矢(奈良大学大学院文学研究科)片桐昂史(文学研究科)

 野外実習の概要

日時
2015年7月19日(日)
場所
和歌山県岩出市周辺地域(紀ノ川中・下流域)
参加者
10名(学部生1[文1]、院生6[AA研4、文1、奈良大学-文1、総研大1]、教職員1[文1]、社会人1)
行程

8:00 稲盛集合

 

8:30 稲盛出発

 

11:00 紀伊風土記の丘到著

 

11:50 展望台より紀ノ川河口の地形および和歌山市街地を観察

 

12:30 紀伊風土記の丘 出発

 

12:50 小豆島

 輪中集落の説明。

 

13:10 根来露頭

 地形・地質、中央構造線の説明

 

14:30 紀の川万葉の里到着

 

15:00 紀ノ川万葉の里出発

 

15:10 龍之渡井 用水の説明

 

15:30 船岡山

 

16:20 桃源郷

 

17:00 花山温泉(和歌山市内、阪和自動車道和歌山IC付近)

 

18:00 温泉出発

 

20:00 稲盛着

 報告

巡検は和歌山県の紀ノ川中・下流域にて行いました。朝8時に稲盛財団記念館に集合し、レンタカーで和歌山に向かいました。

 

和歌山市内の紀伊国風土記の丘では、2011年の台風12号による豪雨災害のときに紀ノ川に出現した西暦350〜700年ごろに生育していたと考えられるクスノキの巨木を観察しました。長い年月水に浸かっていた酸素がない環境にいたため、腐敗が進まず、当時の様子をそのまま観察できます。

 紀伊国風土記の丘の資料館から登ったところに和歌山平野を一望できる観察ポイントがあります。

 

紀伊国風土記の丘には多数の古墳があり、展望台付近には将軍塚古墳という前方後円墳が見られます。将軍塚古墳は6世紀に造られた古墳で、後円部の石室には入ることができます。

 

移動中に立ち寄った紀ノ川下流域の小豆島と呼ばれる中洲は、島の周りを人工堤防で囲った輪中集落になっています。輪中は紀ノ川の氾濫から島を守るために作られ、現在でも集落が存在して、畑作が行われています。

 

和歌山県岩出市根来寺付近でみられる根来露頭は、中央構造線の副断層である根来断層の露頭であり、内帯と外帯の境界であることを確認できます。内帯の和泉層群の下に外帯の三波川帯が潜り込んでいることを観察しました。

 

道の駅・紀ノ川万葉の里にて昼食・休憩をとりました。

 

龍之渡井は谷の両岸の中位段丘面を結ぶ水路橋です。年間降水量が少なく、河岸段丘が発達する取水には不便な紀ノ川中・下流域では、紀ノ川本流から取水して段丘面に用水路を張り巡らせています。

 

龍之渡井の付近に位置する船岡山は紀の川本流の中州です。中州には神社があり、中洲へは左岸にかかっている橋を渡っていきます。船岡山の両岸に位置する妹背山は万葉集の中でも詠われています。

 

紀の川中流域は果物の栽培が盛んで、紀の川市桃山町はモモの産地になっています。モモの旬である7月には、町内の各地でモモの直売が行われ、参加者も直売所に寄って買い物を楽しみました。

 

巡検後、和歌山市内の温泉に寄りました。

 

温泉のすぐそばには鳴神貝塚という貝塚があり、縄文海進のときには紀ノ川下流域一帯は海であったことがわかります。

 

船岡山にて集合写真を撮影しました。参加者のみなさま、お疲れ様でした。

(文責 海本)

京都大学自然地理研究会

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