第60回 比良山地の形成と周辺の地形との関係

 趣旨

滋賀県西部,琵琶湖の湖西に位置する比良山地は,東西を活断層に挟まれた地塁山地です.比良山地周辺には断層活動による山地の隆起に伴って形成された様々な地形が存在しています.東麓では琵琶湖に流入する小河川によって作られた扇状地や内湖などの河川・湖沼地形が,西麓では右横ずれ断層である花折断層の活動に伴って形成された様々な断層地形が観察されます.

今回の研究会では比良山地周辺で見られるこれらの地形について,断層運動による山地形成の観点からその成因を解説します.座学では断層運動による比良山地と琵琶湖の形成,およびその過程で発達する地形について解説し,野外実習ではそれらを実地で観察します.

 案内者

  • 飯田義彦(京都大学大学院地球環境学舎D1)
  • 瀧口正治(京都大学大学院理学研究科M2)

 座学の概要

日時

2010年10月8日(金)

場所
京都大学稲盛財団記念館
参加者
10名 (学部生3 [医1;農1;立命館大学-文1]、 院生6 [理1;農1;人環1;AA研1;地環2]、 その他1)
内容

  • 断層運動による比良山地の形成と河川地形の発達(瀧口)
  • 内湖と水没村にみる湖岸地形(飯田)

 野外実習の概要

日時

2010年10月10日(日)

場所
滋賀県大津市・高島市・草津市
参加者
12名 (学部生5 [理1;医1;工1;農1;立命館大学-文1]、 院生5 [理1;農1;AA研1;地環2]、 教員1 [AA研1]、 その他1)
行程
大学を出発[自動車]→琵琶湖博物館→比良山地東麓(大谷川上流)→比良駅周辺→近江舞子内湖→萩の浜→十ヶ坪沼(エカイ沼)→朽木谷天然ダム跡→くつき温泉てんくう→大学へ到着

 報告

今回の野外実習では,滋賀県西部に位置する比良山地の東側と西側において,断層活動にともなう痕跡地形を観察しました.

 

朝,京都大学稲盛財団記念館に集合し,午前中の見学場所である琵琶湖博物館まで車で移動しました.

琵琶湖大橋を渡り湖岸沿いを南下すると,右側に琵琶湖,大津市北部の市街地,その背後に山並がみえます.この山並みが比良山地であり,東西を活断層に挟まれた地塁と呼ばれる山地です.比良山地の西側(写真では比良山地の向こう側)には右横ずれ断層の花折断層,東側(写真では比良山地の手前)には複数の逆断層から構成される琵琶湖西岸断層帯が存在しています.

琵琶湖博物館が開館するまでの空き時間に,駐車場から琵琶湖と比良山地の関係について観察しました.比良山地は,東西の断層が約30万年前から地震を伴いながら繰り返し活動し,周囲よりも高く隆起しました.琵琶湖は同時期に沈降した地域になります.

 

琵琶湖博物館では琵琶湖の自然や人びとの暮らしの変遷についての展示を見学しました.

琵琶湖の成り立ちの解説ビデオに見入ります.モニターの周囲には琵琶湖の成り立ちを物語る堆積岩類,火成岩類の岩石が配置されています.琵琶湖の原型は400数十万年前に現在の三重県伊賀市付近にできた凹地に始まるとされ,それ以降断層活動による凹地の形成と河川運搬による堆積が繰り返されていくうちに,次第に現在の琵琶湖の位置に移動してきたと考えられています.

午後から訪れる比良山地西側の地形(右横ずれ断層である花折断層)を巨大な航空写真の上で確認します.

昼食は琵琶湖博物館内のレストランでブラックバス(外来魚)を使った料理や伝統的な保存食である鮒ずしをいただきました.

琵琶湖博物館を後にして,いよいよ比良山地に向かいます.

大谷川上流まで移動し,琵琶湖を見下ろす高台に登りました.ここは大谷川扇状地の扇頂です.扇状地とは山地と平地の境界に形成される扇型の堆積地形で,河川の勾配が緩やかになることによって土砂の運搬力が急激に低下するために発生します.写真右で琵琶湖に向かうにつれて標高が低くなり,勾配が変化していきます.

大谷川の扇状地を下り,比良山地東側に見える三角末端面を観察しました(下写真△).断層活動により山の尾根が切られ,その後浸食や重力による山地崩壊が発生すると,最終的に山の尾根を頂点,活断層と地表の交線を底辺とする三角形の断面が形成されます.

 

続いて近江舞子内湖に移動し,比良山地と琵琶湖の地形的な関係を議論しました.

近江舞子内湖の湖面に映る比良山地の山並み.ここでも三角末端面を観察することができました.

内湖とは,琵琶湖本湖の水域が風浪や河川からの土砂の堆積など何らかの作用によって本湖から分離された潟湖です.近江舞子内湖は比良山地から琵琶湖に流下する比良川の堆積砂によって形成されたと考えられます.

琵琶湖本湖の湖岸沿いを歩きます.写真左には湖岸緑地であるマツ林があり,比良山地の花崗岩からできた白い砂浜,青い空と透き通った湖面が目を楽しませます.このマツ林をさらに左のほうに行くと近江舞子内湖があります.まさしく琵琶湖と内湖を分ける砂州の上を歩いています.

 

近江舞子内湖から一路北進し,安曇川河口南側の萩の浜に向かいました.

萩の浜周辺には,寛文2年(1662年)の地震(推定M7.6)で湖底に沈んだと考えられる三ツ矢千軒遺跡があります.残念ながら地上から当時の痕跡を見ることはできませんでした.

安曇川の河口域にある十ヶ坪沼(エカイ沼)です.土砂供給量の多い複数の河川のある河間地で堆積が遅れたために生じたタイプの内湖とされています.明治期後半には現在よりも大きかったことが確認されており,松ノ木内湖と小河川でつながっていました.

朽木に向けて刈り取られた水田を通り抜け西に進みます.

朽木谷を南進した後,比良山地の西側を流れる安曇川と久多川との合流点付近(写真上)で,寛文2年の地震による爪痕を観察しました.この地震で比良山地の武奈ヶ岳のすぐ南側の斜面が崩壊(写真下のイオウハゲ)し,大量の土砂が谷へ流れ込み天然ダム(堰止湖)が形成されました.地震発生から約2週間後に天然ダムは決壊しましたが,現在土砂の一部が川岸に堆積している様子がみられます.

 

この後,野外実習の締めとして恒例の温泉に入浴し,温泉施設内のレストランで鹿カツや鹿肉ハンバーグなどシカ肉料理に舌鼓を打ちました.

近江舞子内湖と比良山地をバックに.

 

一日,お疲れさまでした.

京都大学自然地理研究会

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