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川べりのエアポケット

カメルーン東南部の熱帯林では例年大乾期が始まってしばらくは、朝晩の冷え込みがきつく、寝るのに毛布が欠かせない。深夜から早朝の気温は摂氏15-16度まで落ちる。このように大変寒い日が続く新年をはさんで12月末から1月いっぱいくらいのシーズンを、バクエレは特にパンガニ(pangani)と呼ぶ。この時期は朝の焚火がことさらにありがたい。

 この寒さ、定住村の調査小屋や民家で寝ていると身に沁みるのだが、同じ季節に、わずか数キロメートル所を違えて、遠い異国にいながら身も心もほっとするような温かい朝を迎えたことがある。


(写真) 川辺(左)とその朝(右)

 木々の間に見える川にはまだ霧がたちこめている。川辺林のなかのキャンプには冷え込みもなく、適度に暖かい湿り気があって、ぐっすりと眠れる。6時ころ、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの女性たち数人の歌声で目が覚める。静かな、ささやくような歌声がキャンプに拡がってゆく。とても心地が良い。もっと聴きたい、と思いながら、邪魔してはいけないとじっとテントの中から様子をうかがっていると、まるで指揮者が合図したように、キャンプ全体からふっと歌声が切れ、皆が一斉に床から起き上がって朝の支度をはじめた。歌の途中で目覚めたのでこの間の時間がどれくらいだったのかわからない。私もそそくさとテントを出る。顔を洗おうとマングローブのように林立するエッセーブ(バクエレによるUapaka paludosaの方名)のもしゃもしゃした木の根の間を抜けて川岸に出ると、突然冷気が襲ってくる。


(写真) エッセーブ(Uapaka paludosa)の木。

 これは、2007年1月中旬、漁労キャンプと呼ばれるそのような場所のひとつで、朝を迎えたときのフィールドノートへの記述である。このとき、私は川沿いに延々と続く川辺林のところどころにぽっかりと作られた隙間のような空間の意味がなんとなくわかったように感じられたのである。森に棲まう農耕民にとって、村だけが生活の場ではないこと、彼らと「森棲み」の心地よさというか、そこに共にいる安心感のようなものを共有できたような気がしたからである。


(写真) 漁撈キャンプ(左)とその遠景(右)

text and all pics by 大石高典 (last updated 2010.02.06.)