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換金作物栽培と森の生活の両立は可能か

甘いチョコレートがもたらす不平等

私は、アフリカのカメルーンの熱帯雨林に暮らす人たちの研究を続けて9年目になります。そこには焼畑農耕民と狩猟採集民が住んでいますが、基本的に優しい気質で、シャイだけれども人懐っこいところに私は惚れこみました。焼畑でバナナやキャッサバを作りながら、森や川で狩猟採集や漁労を行い、足りない分は物々交換で補い合うというのが伝統的な暮らし方です。

ところが最近、にわかに換金作物であるカカオ栽培が、生業のなかでの比重を増してきました。カカオの国際価格が上がると、町から来たバイヤーがお金をばら撒き、わずかな借金の形にカカオ園の権利を買ったり売ったりということが始まりました。借金の多くは、際限のないお酒の消費に消えてゆきます。そもそも土地に永続的な所有権や利用権を想定したことのない人たちです。借金が重なって、カカオ園ごと外部に土地が流れるケースが数件続けて起こると、村の中に危機感が走りました。

カカオの値段が高騰するほど、逆に在地の人間が貧乏になり「負債」が増えてゆきます。一体どれだけの人がカカオ園をもち、どんな畑づくりをしているのか気になった私は、GPSを使って、カカオ園の測量と地図化を行いました。その結果は、意図しないことに地域の人びとの中で起こっている不平等の拡大を目に見える形で示すことになりました。他人の焼畑に立ち入ることがタブーな土地柄、お互いがどれだけの畑を持っているのか、人々は知らなかったのです。不平等には、2種類あることが分かりました。一つは民族集団間の、もう一つは、民族集団内の不平等です。

問題の背景には、人々の間の信頼の揺らぎがあります。個人ではなく、なんとなく親族集団で「所有」していたカカオ園の「権利」がカネになるというので、兄が結婚相手を探しに旅に出ている間に弟に畑を売られてしまったり、10年以上も前に離婚した妻が戻ってきて勝手に夫の畑を貸し出して賃料を持ち逃げしたり、といった悲喜劇のような事例を挙げれば暇がありません。あるいは、かつて家族どうしでキョーダイの契りを結んでいた農耕民と狩猟採集民の間で、農耕民側が勝手に弟分の狩猟採集民の畑を貸し出して賃料をせしめる、といったことが横行しています。これらのトラブルでは、個人と集団、集団と集団の関係の論理/倫理の混乱が錯綜して表出してきています。

しかし、多くの畑が軒並み質入れや質流れに近い状況になっているという結果にショックを受けた人たちの中から、これまで野放図にバイヤーや商業農民の言う通りにやってきたカカオ栽培のやり方を見直そうという動きが出てきました。親族や民族集団のレベルではなく、一つの地域として信頼関係が損なわれつつあることに対する危機意識が生まれてきたのです。

現金収入を確保しながら、どのように「不平等」に向き合えるのか。私は、研究者として事態の推移を見届けつつ、カカオ栽培と森の生活の両立が可能になるような仕組みづくりに実践的に関わる糸口を探しているところです。

注)

  • バカ・ピグミーによるカカオ栽培実践についてより詳しく知りたい方は、以下の文献をご覧ください。

OISHI Takanori (2012) "Cash crop cultivation and interethnic relations of the Baka Hunter-Gatherers in southeastern Cameroon." African Study Monographs, Supplementary Issue No. 43. pp. 115-136.

  • 本エッセイは、京都大学東南アジア研究所実践型地域研究推進室発行の『ざいちのち』第19号(2010年)に初出掲載されたものです。