佐藤 宏樹 准教授

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*インタビュアー:M

M:よろしくお願いします。佐藤さんの現在の研究内容について教えてもらえますか?

佐藤:はい、よろしくお願いします。マダガスカル北西部のアンカラファンツィカ国立公園で、チャイロキツネザル(Eulemur fulvus)という霊長類の生態と、彼らが担う「種子散布」という生態系における役割について調べています。種子散布というのは自分で動くことのできない植物が、風とか水、動物などを使って子の分布を空間的に広げる現象をいいます。僕の研究はとくに、チャイロキツネザルが果実を食べて、種子を飲み込み、移動し、種子ごと糞を排泄して、そこから発芽して木が育ち、そしてこのプロセスが森を維持していくという現象に注目しています。

M:佐藤さんは本研究科のOBですが、どのような経緯でASAFASに入学したのですか?

佐藤:子どもの頃から生きものが好きで、動物の行動や生態を紹介するテレビ番組にかじりついて観ていました。僕らの頃のヤツって、TBS系のアレですわ…えーと…

M:動物奇想天外?

佐藤:わくわく動物ランド!奇想天外は僕ら世代よりちょっと後やねん…まあ見てたけど(笑)。あとは、NHKの生き物地球紀行。番組でアフリカ、東南アジア、アマゾンと紹介されていきました。それで、マダガスカル島の回がまわってきて、「大陸では絶滅している原始的なサルが、マダガスカル島では生き残っている」というふうにキツネザルが紹介されて、それに度胆を抜かれたのを覚えています。いわゆる地球上の“Another World”にロマンを感じたわけです。それで、マダガスカルへ行くのが夢になった。それが小学生の頃とか。

M:おお、けっこう早いですね。

佐藤:そうそう。それ以来ずっとキツネザルが研究したいなと思って、学部で生物学を専攻して、大学院の入試のときにキツネザル研究ができるところを調べたら、ASAFASの小山直樹先生がWeb検索で上がってきたんです。それで、事務に電話したんですよ。「キツネザルの研究したいから大学入試受けたいんですけど大丈夫ですか?」って聞いたら、事務の人に……。このエピソード話しましたっけ?

M:いや、聞いていないです。

佐藤:あれ、ほんまに?「小山先生、あと2週間で定年退官ですけど」って言われて(笑)。かなり焦りました。事務の人が「山越先生が担当になんのかな?」とおっしゃるので、山越さんに面談にうかがったんですね。そしたら「うち、まだキツネザルしてる人いるから良いんじゃないの?」というふうにおっしゃっていただいて。

M:へぇ。……あれ、霊長研とか理学研究科ではなかったんですか?

佐藤:それ、すごくよく訊かれるんですけど、キツネザルの生態調査の研究はASAFASが総本山やったんです。それに実はあの当時はサルとかあんまり…、いやこれ言ったら怒られそうですけど(笑)。霊長類学とか人類学とかあまり深く知らなくて、「キツネザル」を研究したいって、ピンポイントやったから。なので、ASAFASに入った経緯はけっこう異質かもしれません。

M:たしかに(笑)。
M:フィールドや研究テーマはどのように決めましたか?

佐藤:1回生から今のフィールド、マダガスカル北西部のアンカラファンツィカ国立公園で研究しているんですけど、当時は(今も)、京大のマダガスカル生物学調査隊は2つあって、1つはASAFASの小山教授たちが南部のベレンティ私設保護区で活動されてきた霊長類学の調査隊。もう1つが理学研究科動物行動学研究室の山岸哲教授たちが北西部のアンカラファンツィカ国立公園で活動されてきた動物(鳥類、爬虫類、哺乳類)の行動学・生態学の調査隊。僕が1回生のときには、小山先生は退職されていましたし、ベレンティ隊は科研費がなかったんです。一方のアンカラファンツィカ隊は科研費プロジェクトが立ち上がった年でした。爬虫類学を専門とされる森哲先生が隊長で、学生も何人か連れてこれから乗り込むぞっていう感じでした。それで、森さんの研究室を訪問して、「ちょっと連れて行ってもらえないでしょうか」とお願いしたんです(笑)。

M:そういう経緯で決まったんですね(笑)。知らなかった。

佐藤:調査隊には霊長類学者はいなかったけど、鳥類学者が数名いらっしゃって…「巣のなかにある卵とか雛がかなりチャイロキツネザルに食われる」とおっしゃるんです。チームの仕事というか、最終的に科研費プロジェクトで群集生態学の研究としてまとめることが目的やったから、チャイロキツネザルを研究したらチームの仕事にも貢献するかなと思って、チャイロキツネザルを追ってみたんです。そしたら、すっごい大変で(笑)。果樹から果樹へとドゥワァァァって動いて、こっちは藪漕ぎしながら追いつくのがやっとでした。上からボトボト果実が落ちてくるんですけど、見たことのない果実なんですよね。キツネザルは次から次へといろんな果実を見つける名人で、追っていて面白いと思いました [ 写真1]。でも、予備調査として初めて渡航して4ヶ月滞在しましたが、そのうち6時間以上まともに追えたのは5日しかなくて……。


写真 1 果実を食べるチャイロキツネザル
M:おぉ……、それは……。毎日のように調査には行ってるんですよね?

佐藤:毎日毎日グルグルーって森のなか歩きまわりましたが、会えないんです。で、会ってもすごく動きが速いから振り切られるんですよ。データも集まらないから、精神的にしんどくて…。とりあえず食べ物だけでも調べたいと思って、下に糞がボトボト落ちてくるから、苦し紛れにそれをジップロックに入れて持って帰って、ふるいの中で糞を水洗いしたら種子がゴロゴロ出てきたんです。試しにキャンプサイトの砂地に種子を置いたら、数日後に発芽したんですよ。「これって生態学の教科書に載っている動物種子散布やん!」と思って。これが、テーマとの出会いです。

M:とりたいデータがとれなかったら、僕やったら諦めそうになりそうですけどね。そこで喰らいつくっていうのは凄いですね。

佐藤:これもいま思ったら、偶然が重なってて。そのときは雨季に渡航したんですけど、植物の発芽のシーズンなんですよ。植物の種類によっては乾季に結実したりするけど、発芽するのはだいたい雨季なんですよね。乾季に発芽実験をやっても全然芽は出なかったやろうから、「チャイロキツネザルは種子散布者や」ってたぶん思ってなかったでしょうね。あと70種くらいの植物種子を散布するんですけど、この時に試した種子が一番早く発芽する植物種やったんですよ。それも運が良かった。だから、その時期にその植物種の種子で実験してなかったら、違うテーマやったかもれません。そのときの写真が実はあって…この写真の撮影日を見ると、2006年2月10日って書いてあるね [ 写真2]。


写真 2 大型種子植物Protorhus deflexaの発芽
M:種子散布記念日(笑)。かなり奇跡的な出会いだったんですね。

佐藤:そうそう、「(芽が、テーマが、)出た!」って思った(笑)。この植物はウルシ科のProtorhus deflexa (Abrahamia deflexa)というマダガスカルの固有種です。これが僕のテーマを引き寄せてくれたから、ちょっと思い入れの強い樹種やし、今もメインで個体群の更新まで調べようと思っているから、これからも長い付き合いになりそう。それで、種子散布というテーマに決めたとたんに、チャイロキツネザルはどれぐらいの果実種を食べているのか、どれぐらいの量の種子をまいているのか、発芽率はどれぐらいか、樹木からどれぐらい遠くに運ぶのか…、調べるべき項目が頭の中にどんどん出てきたんですよ。アイデアがポンポン浮かんでくるから、これでいこうって思ったかな。日本に帰って文献を調べてみると、マダガスカル島は白亜紀後期に大陸と離れて孤島になったから、果実食性の大型鳥類とか哺乳類の相が貧弱なんです。チャイロキツネザルが属するキツネザル科はあんなに小さい体やのに生態系内で一番大きな果実食者になる。だから、アンカラファンツィカの森でチャイロキツネザルを追うことは、いわば種子散布の主力を調べることになるんですよ。研究例も少ないし、学術面でも面白くなるやろうと思いました。他の熱帯林の主力って、例えばゾウとかゴリラとかチンパンジー、オランウータン、サイチョウ、オオハシ、バク、ヒクイドリ……。

M:かなり大きい動物が多いですね。

佐藤:大きい動物を対象にする調査がどんどん論文を出しているから、これは話(論文)になるなぁと思ったんです。主観的に追っていても面白いと思ったし、あとから勉強して学術的にも客観的にも面白くなりそうやったから、このテーマで始めてみようかと思いました。

M:なるほど。ウチの学生ってテーマを見つけるためにいろんなデータを取って来て、そのデータから何が言えるかって考えた結果テーマが決まるって人が多いから、それと比べると逆な感じが……。種子散布っていうテーマを見つけて、そのためにこれをしないといけないっていうのが仮説検証型っていうか、特徴的やなって言うのが、いまの話聞いて思いました。

佐藤:僕の場合は、自分では面白いと思っていても、学会とか自分の学術分野でそれがウケるのか?というのは調査前に気になるから、事前に調べたりしますね。

M:フィールドではどのように調査されていますか?

佐藤:はじめは4ヶ月ほど行って、5日しかチャイロキツネザルを見つけられなかったので、まずここを乗り越えないといけませんでした。論文を読んだり、学会で専門家に話を聞いているうちにラジオテレメトリー法にいきついたんです。麻酔薬入りの吹き矢で生け捕りにし、電波を発信する首輪をつけて[ 写真3]、アンテナを掲げて効率よくサルを見つける。2回目の調査ではこの方法が上手くいって、週に2,3回ほどは6時から18時までぶっ通して12時間観察をしていました。


写真 3 吹き矢を射って(左)生け捕りにしたチャイロキツネザル(右)

それで、ヘトヘトになるから毎日は観察せずに、次の日は前日の観察中に集めた糞をキャンプサイトで分析して、中に含まれる種子の個数を数えたり、サイズを測ったり…データを取りつつ体を休める(笑)。糞から回収した種子はさらに発芽実験をおこなうというスケジュールを立てて、これを1年間続けた。修行状態でしたけどね。これが糞分析の写真 です[ 写真4]。


写真 4 糞分析の様子
M:実験室でする作業みたいですね(笑)。フィールドワークとラボワークを交互に、現場でやっているみたいで、効率的な感じがしますね。

佐藤:そういう風に考えたら、そうかも。そして、いまは植物の調査を多く取り入れています。結実した樹木に来る動物を観察したり、樹木個体群の構造(樹木の位置やサイズ)を調べたり、あとは実生の生存とか生長をモニタリングしたりしています。成木を数百個体とか、実生は千個体以上を対象にするから一人でできなくて、地元の青年を助手に雇って調査をしています。皆で協力して対象樹種の実生の長さを測ったり、葉っぱの数を1ヶ月に1回数えてもらったりしています [ 写真5 ]。


写真 5 実生のモニタリング調査
M:これ、地味なわりにすごいキツイ作業ですよね(苦笑)。

佐藤:雨が降っても仕事は続けるし、他の研究者にクレイジーって言われるよ(笑)。結実した樹木にやって来る動物を昼行性・夜行性を問わずに全部知りたいから、終日・終夜におよぶ樹木の観察もおこなっています。終夜の仕事のときには、みんなが一日の仕事を終えて夕飯を食べるくらいに「じゃあ、ちょっと行ってくるわー」って(笑)。森の中を夜な夜な孤独で過ごし、結実樹木に来る動物の行動を観察して、夜が明けてみんな朝に歯を磨いているときに「ただいま。」みたいな。

M:クレイジーですね(笑)。僕もかなり早朝に起きて、人が寝ている時に仕事するから気持ちはわかります。

佐藤:あとは、共同研究機関のアンタナナリヴ大学からマダガスカル人の博士課程の院生を受け入れたから、その指導もあります。僕は植物を研究して、彼にはサルを調査してもらったら、面白いコラボになると思ったんです。サルを終日・終夜追えるタフガイを条件に募集しました。博士課程やから、なんでもかんでも端から教えたくないんですよね。研究の手法とかデータの解釈とか、いったん自分で考えてもらう。はじめから「どうしたらいいんですか、わかりません」じゃなくて、「このように考えたんですけど、どうでしょう?」っていう感じで、自分で一回は考えてから意見をきいてくれとお願いしました。そこでだいぶ修正することがあるから、全部教える方が楽なんですけど(笑)。

M:研究機関によっては教員が研究をデザインして、学生は言われた作業を遂行するだけという話も聞いたことがあるから、それ考えると学生にとったらすごく嬉しいですよね、自分の能力を伸ばせる機会があるっていうのは。

佐藤:うん、そうやね。だから自分自身でみずからのスタイルを確立して、自主的に研究できる人になってほしい。そういう人材が育ったら、その人自身が先輩とか先生になったときに、自分で考えて自分で教えられるよね。僕が1人でガツガツやってもいいんですけど、「自分が消えたら、この調査地は終わり」っていうのも悲しいし、せっかく良いフィールドに出会えたからみんなのモノにしたいなという思いがあって、学生の受け入れを決断したんです。まあ、これからが大変です。論文の執筆とその指導があるから(笑)。

M:どのような研究成果が得られましたか?

佐藤:これまでの研究は2つの段階に分けることができます。大学院生のときが「動物を追う研究」という位置づけで、ポスドク以降は「植物を追う研究」をしています。「動物を追う研究」というのは、種子散布動物・チャイロキツネザルが空間的に移動するのを追跡するということ。彼らが1年間で70種ぐらいの果実を食べて、大量の種子をまいていることがわかり、そのうち20種程度はチャイロキツネザルしか種子を飲み込むことができない大型種子の植物種でした。特に乾季に森の中で結実する樹種が少なくなると、ある数種の大型種子の果実ばかり食べるんですけど、その植物とチャイロキツネザルには食物の提供サービスと種子散布のサービスをめぐる強い共生関係が成り立っていることがわかった。しかも、チャイロキツネザルが果実を食べることで発芽率が上がったりする種子もあるんです。

M:そこまでお互い頼っているとしたら、どっちかが絶滅したらもう一方も絶滅してしまうんですか?

佐藤:ん~、そこまでなるかはわからないけど、けっこう大打撃かもしれんね。チャイロキツネザルは平均して種子を150m程度、母樹から離れて種子をまいているということもわかりました。

M:150m…意外と短いですね。種子が腸管を通過する時間はわかっているんですか?

佐藤:はい。動物園で実験して調べました。種子を飲み込んでから70分後には糞として出はじめ、7時間後まで十数回に分けて排泄される。所詮は小型の動物なので遊動域はそこまで大きくない。ほかの大陸の大型種子散布者は、サイチョウとかゾウなら平均で2kmくらいかな。それに較べたらものすごく短い。だからチャイロキツネザルに種子散布を頼っている大型種子植物の拡がり方というのは他の熱帯林とはだいぶ違うかもしれんと、考えています。さらに、季節によって散布距離が80mから200mまで変動します。チャイロキツネザルが季節によって行動戦略をかえるんですよね。乾季に水資源が乏しくなると体内の水分損失を最小化するために運動量を大幅に減らしたり、雨季に結実する木が多くなると果実獲得量を最大にするために移動努力を増やしたり。

M:地域特有の動物の行動や生理が影響した結果の散布距離なのですね。では、今されている「植物を追う」という研究は?

佐藤:チャイロキツネザルだけに種子散布を頼っているであろう大型種子植物に絞って、植物が経験する時間の推移を追う研究をしています。

M:時間……さっきは空間でしたね。

佐藤:そうそう。結実している木をみつけて、そこに小さなテントを張って、昼も夜も双眼鏡を構えて観察します。何時間もじっとして、植物が経験する時間を追うわけです。そうすると様々な動物が来て果肉は食べるのですが、種子は吐き出す。チャイロキツネザルはやっぱり種子ごと果実を飲み込んで、去っていく。ほんまにチャイロキツネザルだけにしか種子が運ばれない、ということがこの前わかりました。単位時間当たりの持ち去り量や落下量を推定すると、結実木が生産する種子量に対する散布率という点では、チャイロキツネザルによる貢献が圧倒的に大きいんですよ。

M:ゼロデータをとる作業はみんな意外としないけど、けっこう大事ですよね。

佐藤:そうですね。さらに、次は母樹から落下した種子と遠くに運ばれた種子の状況を森の中で再現して、何ヶ月もその運命(発芽、成長、死亡)を追う。大雑把にまとめると、運ばれた種子の方がやっぱり生存率が高くて、下に落ちた種子はことごとく虫とかネズミに殺される。

M:なるほど、キツネザルが種子のデンジャラス・ゾーンからの逃避をサポートしているんですね。

佐藤:その通り。種子散布の適応意義を説明する仮説のひとつ「逃避仮説」に当たります。でも植物種によってこの仮説が支持されたりされなかったり。そのネタも現在、詳しく解析中です。

M:今後の研究の展望を教えてください。

佐藤:林床のあちこちに実生があるんですが、近くに結実木がないから、どこから来たんやろ?ということが一番気になっています。大型種子の実生やからチャイロキツネザルしか飲み込んで運ばないはず…。そこで、植物を空間的に追う研究をしたいと思っています。フィールドワークだけじゃなくて遺伝子解析とかのラボワークも取り入れて、こいつの親を探し出したい。

M:時間も空間も、両方とも調べると。

佐藤:そう。そして、もうちょっと生長した苗木とか若木も対象にして長期的にモニタリングしていくと、次は個々の実生から植物個体群全体に視野が広がっていきます。サルがメインで森をつくるという状況は、マダガスカル島の生態系以外にはけっこう稀ではないかと思っています。アフリカとかアジアの熱帯林やったら、ゾウやサイチョウ、南米にはバクやオオハシがいる。みんなが寄ってたかって森をつくっている状況ですが、マダガスカルはキツネザル1種や2種だけが主力なんです。無理矢理かもしれんけど、ヨーロッパ人がつくる街並みと日本人がつくる街並みって違いますよね。そういう感じで、同じように見える森林も関わる動物によって「森並み」が違うのではないかと。キツネザルがつくったマダガスカルの森とはどんな森なのか、ということを探ってみようかと思っているんです。

M:森並み。面白い概念ですね。

佐藤:あとは、実はチャイロキツネザルが散布する樹種は、地元の人たちにとってけっこう有用やったりするんです。建材にしたり、道具を作ったり、薬、呪術に使ったり…。これは、調査地に住んでいるサカラヴァの人たちの家の建材です[ 写真6]。柱、梁、木の皮のロープ、部位ごとに違う樹種が使われるのですが、かなりキツネザルが種子散布に関わる樹種が含まれていたりする。


写真 6 マダガスカル西部に分布する民族集団・サカラヴァの家屋(建設中)。
外観(左)と内部から撮影した屋根の部分(右)
M:へぇ!キツネザルと植物の関係が人の生活にも関わるということですか?

佐藤:うーん、そうなんかも。サル-植物-人、どうつなげるか…まだ構想段階です(笑)。

M:うちは「地域研究研究科」って名前ですけど、「地域研究」って何ですか?

佐藤:えー…難しい質問(笑)。僕なりの地域研究の理解を話してみます。僕は生物学分野を背景にしながら、かなり「マダガスカル島」という地域性にこだわっています(今のところは)。地域研究っていうと、ヒトのことを調べる人類学ベースの研究が多いけど、地域研究=人類学じゃない。「『地域』とは何か?」と考えたときに、「固有の地理的条件とか歴史的条件を有する空間の広がり」やと僕は答えます。アンカラファンツィカの地理的条件は、マダガスカル島はアフリカ大陸から400km離れていることとか、西部地域は貿易風の影響も受けつつモンスーンの影響も受けるから、乾季と雨季が明瞭になることとか。歴史的条件は大陸から離れたのが白亜紀やから、大型の哺乳類とか真猿類が進化せず、かつ外からも侵入してこなかったとか。…そうした固有の条件がそろった空間(=『地域』)で、そこに独特の生物相とかそれらの生活の営みが展開している。そこの生物の営みを紐解いていくのが生態学。だから、生物学の中でも生態学ってかなり地域研究的な要素が強い。

M:たしかに生態学って生物そのものだけでなくて、生息する環境も見ますよね。

佐藤:そして、うちの専攻は経済学、農学、人類学……いろんなバックグラウンドを持つ人がいるけど。まぁ、ここの研究科の個人個人の研究者の共通点は…対象とする事象についていかに地域性を考慮して説明できるか…歴史的・地理的な背景を調べたりして事象のメカニズムを説明しようとするわけです。そういうアプローチが『地域研究』であるとするならば、ヒトを対象としてないけど、僕もそういう問題意識をもって生物学・生態学やってるから『地域研究』していると思っています。

M:なるほど。ASAFASの研究者はたしかにそこが共通していますね。これは例えば政治学をやっている人にでも経済学をやっている人にもあてはまるし、っていう意味ではすごい一般化された『地域研究』じゃないかなって思いますね。時間と空間で地域を規定するみたいな……。
M:アフリカ地域研究専攻の特徴はなんでしょうか。

佐藤:自由。自由。「京都大学は自重自敬の精神に基づき、自由の校風を誇りにしている」。これ、京大HPで見つけたんですけど(笑)。いろんな研究科や研究所があるけど、それを最大限に堪能できる部局がASAFASやと思います。

M:たしかに、かなり“京大っぽい”って言われますね。

佐藤:最後の砦かもしれんね(笑)。自分でテーマやフィールドを選び、先生と離れる期間が長いこともある中、ひとりで考え、調査を行う。教員と異なる学会に所属し、発表し、人脈を広げて新たな共同研究に持ち込むことだってあり得る。筋が通っていたら、分野の変更や横断だって自由。たとえば、僕は博士課程では動物学に重点を置いてきたけど、今は植物学へと大きく舵を切っている最中やし、…と言いつつ最近採択された科研費は種子散布とは関係のない動物学分野やったりするんやけど(笑)。住民によるサルの密猟とか森林木材の利用が種子散布や森林更新システムに影響を及ぼしていることもあり得そうで、民族生物学とか保全生物学の方向も探らないと、と感じています。まぁ、いろんなところに行けるわけですよ。この自由こそが、『地域研究』やアフリカ地域研究専攻の醍醐味やと思わない?

M:たしかにそうですね!部局によっては研究の方向性が研究室で決まっていたり、教員が学生にテーマを与えるところもありますよね。

佐藤:僕らは、現場にけっこう長いこといるじゃないですか。すると、いろんなことが見えてきて調べたくなる。ひとつのテーマでもいろんなことが関わってくるから分野を固定せずにその周辺に寄り道した方が面白いかも知れない。いろんな分野のアプローチを使うというか、手段を選ばないというスタンスが許されているというか、奨励されているよね。そして、学生一人一人の自主性を重んじ、自由を与えるスタンス。すでに学生ひとりひとりが自身で試行錯誤をする前提があるわけ。われわれ教員スタッフは、その試行錯誤の価値を高めるため(より意味を持たせるため)のサポートをする。研究成果の価値を高めるのは教員じゃなくて学生自身でやってもらう。それがここの教育システムの特徴かな。

M:京大のスタンスなのでしょうけど、うちは特にそうかもしれないですね(笑)。

佐藤:いいかどうかは、さておき(笑)。

M:ASAFASに入学しようと思っている学部生が、学部時代にしておいたほうがいいことはありますか。

佐藤:昔、「料理の鉄人」って番組あったよね。見てた?

M:急な展開ですね(笑)。見てました!

佐藤:和食、洋食、中華それぞれのプロの料理人が共通の素材だけ与えられて、得意とする調理法を使って料理を提供する。テーマ“マグロ”とか。視聴者が楽しみにしているのは、誰が一番上手かったかっていう勝ち負けもあるかもしないけど、僕はそれぞれ分野の違うプロがどんな料理に仕上げていくのか、想像もつかないワクワク感が好きやった。

M:まさに切り口の違いですよね!

佐藤:そうそう。うちの専攻って、同じ部局やけど同僚の研究に対してそのワクワク感を期待するところがある。つまり、うちでは“アフリカ”という大雑把な素材だけを与えて、「さあ、料理してください」と言う。和洋中にあたる学術分野は限定してないから、成果発表の時にどんな料理が出てくるかワクワクする。みんな見たこともない、自分では作れない料理を食べたいわけです。その時に、専門的な調理方法を知っているシェフのほうが、やっぱり面白い。質問に答えると、今、あなたが置かれている環境で学ぶべきことを学んだほうがいいです。法学でも、地理学でも、社会人の方なら経営とか何かの製造技術とか。うちでは教えられないことを徹底的に学ぶ。ASAFASに入学しようと思ってアジア・アフリカの一般的なことを勉強することは入試には役立つかもしれへんけど、フィールドに立ったら、まず、はじめに武器になるのは自分の専門じゃないかな。

M:一般的なことを受験のために勉強しないと、と思ってしまいがちですね。でもフィールドでは身についた専門をまず試して、それが役に立つことがけっこうありますね。

佐藤:「受験前に読んでほしい文献リスト」とかWebで紹介しているから、勉強はしてほしいんですけど、自分の独特の切り口は持っといてほしい。と言いつつ、入学後もいろんな調理法を学んで試したくなるんやけど(笑)。

M:すでに在籍している後輩の院生たちに対して何か求めることやアドバイスはありますか。正直、訊くの怖いですけど(笑)。

佐藤:自分の研究のおもしろさや意義を伝えられるようになってほしいと思います。例えば…「発表を始めます。アフリカのあるところに8か月滞在して、〇〇を調べてきました。その結果、××がわかりました。終わり。」という研究発表があるとします。フィールドワークという作業で何かがわかっているから、調査としては成功かもしれません。でも、この発表は事例紹介で終わっている。もったいない…と思うんです。

M:うーん…結構あるかも。

佐藤:もちろん、院生をはじめ個々の研究者はある事例にフォーカスしてデータを集めることが多いわけやから、その作業自体は批判するつもりはありません。でもこのフィールドワークの成果である事例は、どの学術分野の中でどのように位置づけられて、どのような学術的なインパクトを与えうるのかを議論しないと研究にならないと思うんです。

M:単なる作業報告っていうことですか?

佐藤:そう。論文でいうところの方法と結果だけで、イントロダクションと考察の部分が薄いということになる。フィールドワーク(現地調査)は、研究の方法でしかない。どのようにフィールドワークして(方法)、何がわかったか(結果)だけじゃなくて、なぜその仕事をしたのか(イントロ)、その成果にどんな意味があるのか(考察)を議論して初めて研究が成り立つ。僕の場合やったら、アンカラファンツィカでチャイロキツネザルを追って彼らの生態がわかる。これは事例でしょ。その研究事例が、霊長類学や生態学にとって、どのような意味を持つのか?先行研究とどう響きあうのか?ということを常に意識しておく必要がある。もちろん、フィールドに行って主観的に面白いと思うテーマに出会って調査をする人もいるよ。でもさ、調査の前でも後でもいいんですけど、客観的にも面白いと思わせるための学術的な意義づけは絶対に必要になってくるんです。かなり勉強しないといけませんが、これをしっかり説明できれば、プレゼンとか論文執筆、研究費の申請にも役立ってきます。

M:その作業が本当に難しいですよね。論文とか発表を準備するとき、イントロとディスカッションでいつも苦戦してしまいます。

佐藤:いや、僕も未だに苦戦するけど、そこが腕の見せ所というか、踏ん張らないといけません。そうね…後は、教員もライバルやと思ってほしい。ASAFASでは教員の方を「〇×さん」と呼ぶよね?僕もびっくりしたけど、そういうコンセプトがあってのことらしいよ。面白い研究データを稼いでいる人が一番輝いている研究者です。そのチャンスは、自身の研究に集中できる学生の方が実はあるんです。先生は経験とか資金力とかがあるけど、学生には時間と体力があるから(笑)。「先生よりも面白いことをしていると思う」ぐらいの勢いで活動している方が、見ていておもしろいし、刺激になるし。僕自身も教員の中では若輩ながら、ベテランの方に負けないくらい面白いことをしたいとひそかに思っているわけです。

M:おー!!僕らも負けないように頑張らないと(笑)。
M:では、最後になりましたが、受験生に一言メッセージをお願いします。

佐藤:もう受験してアフリカで研究してやる!と判断している人には何も言うことはありません。受験をパスしたら苦楽を共にしましょう。「ちょっと興味があるな、どうしようかな」と思う人は、アフリカ専攻のゼミに来るなり、教員や院生にコンタクトを取ってみるなり、ぜひ行動してみてください。自主的に行動して現場で情報を収集するって、すでにフィールドワークですよね。オープンキャンパスもあるし、僕たちはできうる限りの情報を喜んで提供するので、そこで判断したらいいのではないでしょうか?

M:フィールドワーカーは受験前からフィールドワーカーなのかも。ウチの先生は皆、お話し好きですし、いろいろ教えてくれそうですね!長くなりましたが、ありがとうございました!

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