梶 茂樹 教授

教員インタビュー:名誉教授

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*インタビュアー:T

研究内容

T:今日はどうぞよろしくお願いします。さっそくですが梶さんが専門にされている研究についてお聞かせください。

梶:私は民族とか言語に興味があります。専門的にやっているのは言語学で主として記述言語学というものです。現地に行って最初にすることは、当然のことながらそこには知らない言語が話されているわけですから、まずそれを調査します。具体的には、言語調査票を使って、「頭」は何と言うのですか、「目」は何と言うのですかと聞いて行って、書き取ります。これはなかなか根気のいる仕事です。1000語聞くだけでも大変です。単に聞くだけなら誰にでもできますが、ちゃんと書き取れないといけない。分析ができなければいけない。1000語の語彙調査票を終えるだけでも何ヶ月もかかります。この調査は単に単語を集めるということだけでなく、言語の文法的なことも調べるし、また文化的なことも同時に出て来ます。さらには一通りの調査が終わると、民話や諺、歌なども聞きます。こういった言語調査を主体に、アフリカの広い意味での言語と文化を研究してきました。

アフリカ言語研究への出会い

T:アフリカ言語研究の出会いについて、きっかけを教えてください。

梶:小学校の高学年ぐらいの時から何となく言葉に興味がありました。また外国の社会とか文化に興味があったので、大学では文化人類学を勉強しようと思っていました。しかし入った大学が悪く(?)、当時京大にはそんなものはありませんでした。文学部に入ったのですが、2回生から3回生になる時、何か専門を決めなくてはならなくなって言語学を選んだのです。私は、知らない所に行って何かを調査したという気持ちが昔から強く、元々フィールドワーク志向型です。それで文化人類学と思ったのですけれど、実はフィールドワークというのは、何についてでもできるんですね。それで言語についてフィールドワークをしようと思いました。当時ASAFASもなかったので大学院は文学研究科へ行きましたが、もしASAFASがあったら当然ASAFASに入りたいと思ったと思います。

T:ASAFASはフィールドワーク体制が充実していますから当時の梶さんにもぴったりでしたでしょうね。学部時代はどのように過ごされましたか?

梶:最初は一般的な言語学を学んでいました。ただ言語学はマイナーな言語の単位を取らないといけないので、ラテン語やスペイン語、ペルシャ語、朝鮮語なども勉強していました。またスワヒリ語も、和崎洋一先生から個人的に教えてもらっていました。しかしアフリカに行くようになったのは、大学院の博士課程に入ってからです。それは、当時の教養部、今の総合人間学部におられた米山俊直先生が、科研費の調査隊のメンバーに入れてくださったからです。当時私はアフリカにこだわらず、ニューギニアでも東南アジアでも、知らないところへ行って研究したいと思っていました。しかしこれで方向は決まりました。私にとってアフリカ研究という京大の伝統の一端に加われたことは喜びでした。知っている所へ行ってもおもしろくない、知らないことがあるからこそ行きたいと思っていました。当時1976年で25歳でした。それが初めてのフィールドワークで、張りきっていました。

T:はじめての調査での印象にのこるエピソードをお聞かせください。

梶:調査に行っても、私なんかは若いので、みんなの食料などを背負って歩いていました。みんなでサファリの途中、ある日私がダウンしました。朝から熱が出て、目の前が真っ白になって歩けないのです。恐らく熱中症だったのでしょう。そしてその日は数キロ進んだだけで、みんなで休みました。その日のことを米山先生が『ザイール・ノート』の中で、梶くんがダウンしたと書いています。しかし、いつもダウンしていたのは米山先生の方で、私がダウンしたのはその日だけです。いつもダウンしている人はあたり前なので、エピソードには出てこないわけです(笑)。

最初のフィールドワークの時、数年前ASAFASを退官された掛谷誠先生も一緒だったのですが、掛谷さんは、すでにアフリカに慣れていました。サファリの途中、コーヒーを入れてくれてみんなで一服したのですが、あとで聞くと、あれは茶色の川の水でつくったんだということでした。あと、猛烈に蚊に刺されたということもありました。私は、体は強いほうでしたが、当時熱帯病に関する意識が薄く、今から思うと危険なことが度々でした。

T:体力的な厳しさを最初に経験され、その後も大変なことが調査を続けるなかではあると思うのですが、それでもアフリカでのフィールドワークをすることの魅力は何だと思いますか?

アフリカ研究の魅力と調査の秘訣

梶:個人的な研究面で言うと、自分の頭の程度が試されているということがあります。初めての言語に出会った時、果たして自分はこの言語が書き取れるのかという不安な気持ちになります。自分の知力を総動員しないといけません。そうしてきれいな体系を見出した時は、本当にうれしくなります。そして数年経って大体わかってくると、今度はそのゾクゾク感を求めて、次の言語に行きたくなります。これは一種の病気かもしれません(笑)。

それから、実際面では、いろいろな人と出会えるのも魅力ですね。特に言語調査をしていると、現地のインフォーマントをお願いします。そうしたら調査が終わっても、はいサヨナラということにはなりません。長いこと付き合っているわけですから友達以上の関係になります。毎日毎日、何時間も顔を合わせていると、その人の性格も家庭の状況もわかってきます。

T:なかなか理解しがたい面もアフリカの人に対してあると思うのですが、長く付き合って深い関係を作るコツはありますか?

梶:重要なのは、知らないことが多いと思う気持ちと、こちらも生きているし、相手も生きているという事を前提にして付き合っていくということではないでしょうか。若い頃はみんな真面目だし、またケチでしょう。市場なんかでも値切ります。私なんかも今でも値切りますが、あまり値切ると現地の人にバカにされます。若い人はいいけれど、人間年を取って来ると、年相応の対応をしないといけません。これは調査していても話していても感じます。若い頃は自分の欲しいデータを取るのに夢中で、あまり感じませんでしたが、この人も生きているし家庭もあってと考えるようになると、少し落ち着いて物が見れるようになりますし、またよりよい関係が築きあげられていくのではないかと思います。

最初と最近のアフリカの違い

T:初めてアフリカに訪れた時と最近の訪れた時を比較してみた際の違いについてお聞かせください。

梶:アフリカも変わっているし、私自身も変わっているので、一言では言えません。私は、70年代、80年代はコンゴ(旧ザイール)で調査していましたが、1991年に暴動が起こってからは行けなくなって、セネガルに行きました。どうせ行くのなら知らない所へ行こうと思って行ったわけです。それから、タンザニアにも行きましたが、今はウガンダの西の方で調査をしています。コンゴとウガンダの国境に山があり、その山(ルーエンゾリ)の向こう側がコンゴだと思うとノスタルジックな気持ちになります。最初はコンゴの東の方で調査をしていたので、あの山の向こうが僕の青春だという気持ちです。これは私のアフリカでのフィールドの変化ですけれど、昔に戻りたいという気持ちがどこかにあるのだろうと思います。

T:今回のインタビューでは写真について語ってもらいたいと思います。

梶:これはコンゴ東部のレガ族のトーキングドラムです。1989年に撮ったものです。村に行けばどこにでもあるので、叩き方を習いました。原理は、上の方を叩たくと高い音が出るし、下の方を叩けば低い音が出るようになっています。例えば日本語(標準語)で「頭」という単語を考えてみると、「頭」には「あたま」と3音節あります。最初の「あ」が低くて、「たま」が高い。それで、低高高と叩きます。子音・母音を省略して、音の高低だけで単語を伝えるわけです。これは慣れないと結構難しいものです。まず言語を知らなくてはならないし、また普通の言語を知っているだけでもダメです。太鼓独特の表現がありますからね。

T:梶さんも叩けるとのことですが、何か習得の最中にエピソードがあったら教えてください。

梶:「お客が来たからみんな集まれ」というのを教えてもらって叩いていたら、本当にみんな集まってきました。いや練習なんですと言うと、用もないのに叩くなと叱られました(笑)。数キロも離れた所から来た人もいましたからね。レガ族のトーキングドラム以外にも、モンゴ族のトーキングドラムも習いました。これは太鼓の現物が隣の部屋にあるので、持ってきて見せてあげましょう。

T:実物ですね!ありがとうございます。

梶:例えば、低高高低低高低(実演)と叩くと「頭が痛い」となるわけです。モンゴ族のものはレガのものとは随分形が違いますが、隣の民族のものは形が似ています。太鼓はどんなメッセージでも伝えることができます。

T:何でもですか?例えば、現地の人々はどんなメッセージを発するのですか。

梶:昔だったら、人が死んだとか、生まれたとか、戦争が起きたから戦えとかですね。今では、教会からのメッセージとしてお祈りをしろとか、今こちらからそちらの村に誰々さんが行くからよろしく、といったものまで何でもあります。そして、すべての人が普通の名前以外に太鼓用の名前を持っています。また村の名前も太鼓用のものがあります。ですから極端な言い方をすると、太鼓の中で1つの世界が完結しているのです。現実の世界と太鼓の世界があるわけです。研究対象としてすごくおもしろい。アフリカの研究は何でもそうですが、1つのディシプリンで完結しません。この太鼓の研究も、本当にやろうと思えば、言語学の知識だけでは無理で、社会学、宗教学、植物学、農学など、幅広い知識が要求されます。

最初に言語調査票という話をしましたが、文字がある言語は、一通りの言語調査が終わると、新聞でも小説でも読んでデータを集めることができます。しかし文字のない言語は、自分でデータを集めなくてはいけません。自分で歌でも民話でも録音してテキスト化しないといけないのです。太鼓の言語も同様に録音して、テキスト化します。これも結構大変な作業です。

文字のない社会というのは、色々なものが出来事の記録媒体として機能しています。例えば、戦争が起きたら、その時生まれた子に「戦争」という名前をつけます。親が死んで喪に服している時子供が生まれると、「喪」とか「葬式」のような名前をつけます。そうやって重要な出来事を名前の中に記録しているのです。宗教なんかも、アフリカでは祖先霊信仰が多いのですが、死んだ人を記憶し記録しておきたいという欲求から出てきているのでしょう。そういう気持ちが人の名前の中にも出てくるわけです。地名も、人々の様々な自然認識が現れていて面白いですね。要は、そういう風に見ればそう見えるし、そういう風に見なければ、見えないということです。ただ言葉を研究していると、意味が全部わかってきます。人の名前にしても、名前はメッセージですから、みんなに意味が分からないと、それこそ意味がないわけです。

T:言語研究の魅力ですね。アフリカで言語研究を行うことについてはどういう意味があるのでしょう。

梶:アフリカの言語は、話者数が少ない言語が多いという特徴があります。せいぜい数万人という言語が沢山あります。だからお互い同士言葉が通じないということが生じます。それでスワヒリ語のような共通語が生じてきます。こういった多言語使用の研究は、われわれの社会の研究にも役立ちます。

ただ言語学的にみると、共通語は、誰もが話すわけですから、角がとれていて構造が簡単ということがあります。しかし、共通語でない普通の言語というは、構造が物凄く複雑で難しいものです。だからおもしろいんですね。すぐわかるものは面白くない。わからないから、どうなっているのかと調べる。難しくなかったら何の研究にもなりませんよね。

だから学生の人も、アフリカに行って何を研究したらいいのだろうと思うことがあると思うのですけれど、わからないことを見つけることが大事です。疑問があるとそれが研究に繋がってくる。疑問のない人は研究はできません。全部解ったと思ってしまっていることは研究できない。自分が解らないことを見つけると、どうしてそうなっているのだろうと考える訳ですから、そこから研究が始まってきます。そう考えると、私たちの周りは知らないことだらけですね。自分が知っていること以外全部知らないわけですから、研究のテーマは無限にあるわけです。

趣味について

T:梶さんは好奇心旺盛なイメージですが、研究以外で趣味などはありますか?

梶:空手をやっています。今2段で、3段を目指しています。でも、ずっとやっていたわけではありません。まだ始めて6年目です。本当は野球をやりたかったんです。

私たちの小さい頃の遊びといったら、釣りか野球ぐらいしかありませんでした。私は小さい頃はどちらもよくやっていました。最近の子供を見ていると、野球をやるとなったら、親がグローブやバットはもちろんのこと、ユニフォームやヘルメット、スパイクなど一式買い与えます。私たちの頃はそういうことはありませんでした。グローブを持っている人も稀でした。それで、ユニフォームを着て野球をやるというのが私の夢でした。

30代、40代の頃は東京外国語大学に勤めていて、ユニフォームを買って野球をやろうよと、同僚に声をかけていたのですが、4、5人は集まるのですが9人はなかなか集まりません。ユニフォームなど一式揃えると数万円かかるということもあるのですが、みんな忙しく、いつまでたっても始められないのです。背番号も、年齢マイナス30と決めてあったので、ある時私は背番号18のエースナンバーだと思っていたのですが、結局実現できませんでした。

それで、人のことを考えていたらいつまで経ってもできないので、個人でできるもの何かないかなと思っていたんですが、幾らでもあるわけですね。昔は、空手なんて、板をガンガンを殴ったりして何の意味があるのかと思っていましたが、今はその奥深さにハマっています。幸いこの近くに道場があるので、週一回通っています。

T:今後も何か新しく挑戦していきたいことはありますか?

梶:ありますけれど、これは秘密です。ははは、秘密。言いません。

T:チャレンジ精神健在ですね。これは直に梶さんをお伺いして探りだす以外ないですね(笑)。

研究科の特色と受験生にひとこと

T:これからアフリカ研究を目指す若者に、研究科の特色を交えてエールをお願いします。

梶:研究というのは、色々なやり方があると思うのですけれど、もしフィールドワークをアフリカでやりたいというのでしたら、是非うちを受験してもらいたいですね。専門は何でもいいです。アフリカというのは、文科系・理科系どんな方向からでも研究できます。もちろんフィールドワークをやらない研究もあります、フィールドワークは絶対やらなくてはいけないものではありません。フィールドワークというのは、データを自分で集めるということですから、もしデータがすでに整っているのなら、それを軸にして研究を進めたらいいわけです。ASAFASはサポート体制も整っています。是非うちの研究科に来てください。楽しい仲間が一杯います。

T:今日はお忙しい中どうもありがとうございました。

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