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教員インタビュー:太田 至

*インタビュアー:N

N:ではまず、太田さんの研究と調査地について聞かせて下さい。

太田:現地調査をしている地域はケニアとナミビアです。もっと具体的に言うと、ひとつはケニア北西部のウガンダ・スーダン・エチオピアの国境近くでトゥルカナという牧畜民が住んでいる場所です。ここでは1978年からもう27年くらい継続的に調査しています。もうひとつはナミビアの北西部のカオコランドで、ヒンバとヘレロという牧畜民の調査をしましたが、こちらはいま、中断しています。

N:現在のくわしい研究内容はあとでうかがうとして、最初は牧畜社会のどのような研究をなさっていたのですか? 院生の時?

太田:大学院の博士課程にはいって1年目にトゥルカナに行きました。そのときには牧畜社会の生態学的な成り立ちの研究、つまり人びとはどれだけの家畜(ラクダ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ロバ)を飼っていて、そのうちオスは何頭、メスは何頭で、それをどのように管理していて、その家畜群によって何人の人が生活しているのか、労働の分業はどうなっているのか、といったことを調査していました。

N:なるほど…では、そもそもアフリカで研究したいと思ったきっかけを教えていただけますか?

太田:大学に入学した当初は、こういうことをやろうとは思っていなかった。とくに「これがやりたい」というものはなかったのですが、1年生の時に受講した、伊谷純一郎さんの自然人類学の授業がすごくおもしろかった。チンパンジーを追ってアフリカの原野を歩きまわっている話をされていたと思うんだけど、こまかい内容は実はあんまり覚えていない、だけれど、すごく勢いのある話だった(笑)…それで、とにかくこの人がやっていることはおもしろいに違いない! と思った。今にして思えば、これがこの道に入る最初のきっかけだったんじゃないでしょうか。つまり単純に、アフリカを歩いてみたらおもしろいんじゃないかなあと思ったわけです。

N:ちなみに、大学を卒業したら就職するという道は全然考えなかったのですか?

太田:大学4年生のときに、それも考えました。でも…大学院に受かっちゃった(笑)。自分が研究者にむいていると思っていたわけでもないし、一生研究を続けていく決心をしていたわけでもなかった。それに、大学時代の友人たちは賢い奴ばかりだったから、こんな賢い奴らと一緒に研究なんかできるんだろうか、駄目じゃないかと、4年生の時にはいろいろ悩んでいた。けれども、就職活動をしていたわけでもなかった。モラトリアムってやつですね(笑)。

N:太田さんの大学院生時代ってどんな感じだったんですか?

太田:修士課程のときは島根県の隠岐の島で9カ月間ぐらいフィールドワークをしていました。こんなに長く現地調査に行くのは、当時はまだ珍しかった。でも、じつは調査は半分で、あとは海に行って魚をとったりしながら遊んでばかりいた。楽しかったなあ(笑)。京都では、毎日のように酒の飲み方の勉強をしていました。いやいや、ほかの勉強もしてたけど(笑)。

N:そのあとは、ずーっとトゥルカナについて研究しているんですよね!?

太田:ええ。ただし1993~99年にはナミビアの北西部でも調査をしていました。これもやっぱり牧畜社会の調査ですが、そのあいだも、ずっとトゥルカナの調査も続けていました。

N:ナミビアの調査を中断してしまったのはどうしてですか?

太田:自分には二カ所の調査を同時に平行してやるための才能がないことがわかった。相当に器用な人でないと、ふたつの地域、ふたつの民族の調査を同時にすすめるっていうのは、なかなか難しい。全然違う場所、違う人たちじゃない? こちらも気持ちをスパッと切り替えないといけないんだけれど、それは簡単なことじゃない。そういうことができる人も、たくさんいるんだけれど、ぼくはどうも不器用というか、なんというか(笑)。

N:では、最初の調査地としてトゥルカナを選んだのはどうしてですか?

太田:ぼくが大学院に入った頃に伊谷(純一郎)さんの研究室では、アフリカの牧畜社会の調査をする人を探していたので、ぼくはすぐに手をあげた。でも、あとはあまり積極的にトゥルカナを選んだわけじゃない。ひとつには、1948~50年くらいにイギリスのガリヴァーという人類学者が調査して以来、全然調査がされてなかったこと、もうひとつは、トゥルカナが住んでいるのはすごくきびしい乾燥地域なんだけれど、ぼくのまわりの人びとは「太田はすごく頑丈だ(体力がある)」と誤解していて「トゥルカナの調査をやらせたらいい!」と考えていた。指導教官たちがね。ほんとうは、そんなに頑丈じゃないんだけどね(笑)。

N:頑丈じゃないんですか? 知らなかった(笑)。それではやっと最近の研究についてお聞きしたいのですか…?

太田:いまの研究テーマのひとつは、社会の変化の問題。トゥルカナに限らずアフリカの牧畜社会は、首都などの国の中心から遠くて辺鄙なところ、あまり役に立たない乾燥地域に分布しているんですが、そういう所にもいま、外部からいろんな影響が及ぶようになっている。たとえば学校教育や現金経済がひろがるとか、病院がつくられたり、キリスト教が普及したり、あるいはいろんな開発援助計画がおこなわれたりする。それで、そうしたことに対応して、いったい牧畜社会はどのように変わってゆくのかということを、特に経済に注目して調査しています。

N:特に経済に注目してというのは?

太田:経済というのは物資的・実体的にわかりやすいところがある。どうやって飯を食うのか、たとえば家畜をどうやって売るのか、どうやってお金を手に入れて食糧を買うのかとかね。宗教とかとくらべるとわかりやすいでしょ。だからまあ、わかりやすいところからやったほうがいいかなということです。具体的には今、現金経済が牧畜社会に浸透してくることによって家畜が商品化するということに注目しています。

N:じゃあ、ゆくゆくは実体がないものにも、調査がおよぶ予定ですか?

太田:う~ん、どうだろうねぇ(笑)。経済だけでも、そんなに簡単にわからないし、時間がないかも。

N:太田さんは最近、社会変化の問題のひとつとして、難民キャンプが地元社会に与える影響についても調査されていますよね?

太田:ええ。これも、きっかけは偶然だった。つまり、ぼくがずっと調査してきた村のとなりに、1992年に突然、難民キャンプがつくられて、今、8万人もの難民が生活している。2×5㎞のところに8万人ですよ!すごいっていうのがわかるでしょ? 日本で考えたら8万人の町なんてたいしたことないけれど、アフリカの田舎で8万人の町ってのは、とんでもない大都会です。

この難民キャンプは、スーダン、エチオピア、ソマリアの三つの国でちょうど同時期に政変なんかが起きたために、1991~92年に難民がどっとケニアに入ってきたときにつくられた。国連(UNHCR)がやっているわけだけど、それだけじゃなくて国際的なNGOがいっぱい来ていて、難民キャンプには、大量に金とモノとが流れ込んでくる。つまり食糧や鍋や毛布といった援助物資が配給されるのだけれど、それが地元の人びとにも流れ出ていく。それから地元の人びとは難民キャンプに薪と炭とかミルクとか、あるいはヤギやヒツジ、ラクダやウシをつれていって売ることができるし、難民キャンプに雇われる人もいる。教育を受けた若者はいろいろなオフィスワークに雇われたり、あるいは門番とか夜警とか、道路工事といった肉体労働に雇われる人もいる。難民に雇われて雑用をしている人たちもいるしね。難民は結構、お金を持っている。だから、難民キャンプができことによって現金経済がすごいスピードで浸透した。

N:難民がお金持ちというのは?

太田:難民にもよるけれど、特にエチオピアとソマリアから来た難民の多くは、もともと都市生活者なんです。つまり都市に住んでいた人たちが、政権が転覆したために難民になって来ているから、金持ちなんだ。それで、いろんな商売もしている。すごいよ! 難民キャンプのなかにコンピューター学校や銀行があるし、衛星電話を持っていて国際電話もかけられるし国際送金もできる。衛星放送を受信するためのでっかいアンテナも立っていて、バーやレストランでは、マイケル・ジャクソンのプロモーション・ビデオとか、イタリアのセリエAの試合も観られる。エチオピア人がいるから、レストランではインジェラも食べられる。

つまり、難民キャンプといっても一大都市。そういうとんでもないものが、田舎の村に急に出現したわけだ。そしてもう10年以上になる。最初は、難民なんてすぐいなくなるんじゃないかと思っていたから、「難民キャンプの地元社会への影響」といったことを研究テーマにする気はなかったんだけど、なかなかなくなりそうもないし、こりゃいかんと思って調査をするようになった。トゥルカナの若い女性が難民と親しくなって、難民キャンプのなかに住んじゃうとか、それで子供が生まれたりして、いろいろなトラブルが起きたりとか…。

N:へ~!「難民」というイメージ、固定観念をずいぶん覆されました。では少し話は変わりますが、これからのアフリカ地域研究について、太田さんはどのようにお考えですか?

太田:むずかしい質問ですね(笑)。そもそも「地域研究とは何だろう」と考えてみると、うちの大学院ができてから8年目になりますが、まだ、東南アジア地域研究専攻もふくめて教員のあいだには全員が一致するような見解はないんだよね。そういう意味でとても新しい研究分野(学問)だから、これからどこにいくのか、よくわからないところがあるけれど、アフリカで研究する学生もすごく増えてきたし、みんなでやっていると「塵も積もれば山となる」じゃないけれど(笑)、たくさんの人がとにかく一生懸命に、一緒にひとつの場所でやっているということは、必ずやなにかを生み出す力になると信じています。だから一緒に頑張りましょう(笑)。

N:はい、頑張ります!(笑)。ではそれに関連して、太田さんはどんな学生に何を期待しているのかをお聞きしたいんですけど。

太田:料理が上手な人がいい。みんなで酒を飲んでるときに誰かが「腹がへった?」と言ったら、ちょっと何かおいしいものが作れるとか、自分が食いしん坊だからおいしいものを作っちゃうとか、男女を問わずね。

N:(笑)それって、研究に関係するようななにか深い意味が込められているんですか? 料理上手=創意工夫ができるとか、器用だとか…アフリカの調査地で困らないとか?

太田:いえ、そんな深い意味ではありません。でも、たべものに対する好奇心が旺盛な人、つまり食いしん坊な人は、たしかに自分でいろんな工夫をしますね(笑)。

N:好奇心かぁ、地域研究者にとって大事なことですよね。研究については何かありますか?

太田:おもしろければ、どんな研究でも良い!

N:ちなみに、太田さんの「おもしろい」の基準は?

太田:うん、それはいい質問だね。というのも、そもそも研究っていうのは、アフリカのどこかにおもしろいものが隠されているとか、落ちているとかしていて、それを掘り当てたり、拾ってきたりするようなものではないはず。逆にいえば、どんな小さいことでもいいから、自分が現場に行ってみて「おもしろいな!」と思ったことを、日本に帰ってきてから本当におもしろいものに創りあげて、みんなを納得させることが大事なんだよね。そのためには、いろいろ頑張らなきゃいけないし、つらいときもあるし、忍耐も努力もいるし…そうやって、創られたものが本当におもしろいものになる。

N:では、この大学院の受験を考えている人にも参考になると思うので、ここの魅力や特色について聞かせて下さい。

太田:どうでしょう…学生諸君が自主的に頑張れば、きっと教員はとことんつき合うってところでしょうか。あとはねぇ、学生がアフリカで現地調査をしてきたあと、一皮むけて大きくなって帰ってくる、それを見るのが楽しみですね。

N:それは学生にとってのこの大学院の魅力というより、太田さんの楽しみですよね!?(笑)

太田:そうそう(笑)。そっか、学生にとってのここの魅力か…。フィールドワークをすることを通して、自分のことも、だんだんよりよくわかるようになるし、アフリカに一緒に行った仲間についても、京都にいるときには見えないことがわかる、いろんな発見ができる。

N:ちなみに、太田さんの「座右の書」とかありますか? お気に入りの本、あるいはお勧めの本でもいいんですけど、参考までに教えて下さい。

太田:伊谷純一郎さんの『ゴリラとピグミーの森』(岩波新書、1961年)。学術書というより、伊谷さんがまだ30代のころにアフリカに行った時の紀行文だけど、フィールドワークの現場とはどんなものなのか、森の中はどうやって歩くのか、どういうふうに現地の人びととつき合っていたのか、そしてピグミーとはどういう人たちなのか、そういうことがよくわかって、とてもおもしろい。20代のころに読んだ本です。

あと、自分の研究に近いところでは、エヴァンズ=プリチャードの『ヌアー族』(向井元子訳、岩波書店、1978年)っていう本はとてもおもしろい。これは人類学の古典的な名著で、イギリスの人類学者がスーダンに住んでいるヌアーという人たちについて書いた民族誌なんだけれど、アフリカの牧畜民の研究って、おもしろそうだなってことを、ぼくが最初に具体的に知ることができた本です。おもしろいよ! 是非読んでください!!

N:はい、読んでみます! あと、研究以外の質問を一つしてもいいですか? 太田さんの趣味、もしくはこれからやってみたいこととかでもいいので教えて下さい。

太田:そうだなあ。ユーラシア大陸を自分で車を運転して横断してみたい。そのなかでも中心はモンゴルと中国だけど、要はシルクロードをたどる旅をしてみたい! というのも、ぼくは研究者としてはドツボ型、つまり、あっちこっち、いろんなところに行って研究するんじゃなくて、一カ所にじっとしていないとダメなタイプだから、あまりいろんなところに行けない。だから研究としてではなくて、もっと気楽に、ほかの乾燥地域にも行ってみたい。

N:では最後に、受験生へのメッセージをお願いします。

太田:「アフリカの牧畜民はかっこいいですよ!」でいいかな!?

N:バッチリです(笑)。これは牧畜民研究をやっている人からよく聞きますよ。なんとなくわかります。でも、どうして牧畜民はかっこいいんですかね…?

太田:なんだろうね…誇り高いとか、自尊心・独立心がつよいとか、世界中で自分たちが一番エライと思っているところがあるといったことが彼らの「かっこよさ」の源泉のひとつなんだけれど、でも、なぜ牧畜民はかっこいいのかを説明するのはとても難しい。「牧畜という生業を営んでいることが、そういう人格を育てる」なんてことは、けっして簡単には言えないし、もし簡単に言ってしまうと、つまらない環境決定論みたいになってしまって、全然おもしろくない…でも、ともかく、まちがいなく、かっこいい。不思議ですね。

N:魅力的なお話が聞けて楽しかったです。ありがとうございました。