教員インタビュー/ 金子 守恵

金子 守恵 のプロフィール >>

*インタビュアー:I

I:本日はよろしくお願いします。金子さんがASAFASの卒業生ということで、入学された経緯やアフリカ研究を志すきっかけなどをお聞きしたいです。

金子:アフリカへの関心が最初にあったというよりも、フィールドワークのおもしろさを経験したことが、アフリカ研究へすすむきっかけでした。私は、学部生の時は弘前大学というところにおりました。弘前大学には、アフリカで調査研究をしている教員がいました。生態人類学や霊長類学を専門にしていた先生が多く、ほぼ毎日、講義でアフリカの話を聞いていました。今思うと特異な環境だったと思います。また、メディアでよく耳にするような、貧困や病気が蔓延するアフリカの話ではなく、個々の教員が自らのフィールドワークの経験やそれに基づいて見出した研究成果をはなしていたので、アフリカはとてもおもしろいところで、いつかはアフリカへ行ってみたいと思っていました。

私は、卒業論文を執筆するために、青森県にある開拓村でフィールドワークをおこないました。それが最初のフィールドワーク経験です。そこに暮らしている人たちは、戦後間もなく、樺太から引きあげてきて(青森県)岩木山麓の原野を開拓して生活を確立していました。現在は、農産物のブランド化に成功して、農業だけで生活していくことができる、青森県内でもたいへんめずらしいところです。このときの経験によって、自分が農村に対してもっていた漠然としたイメージと、フィールドワークを介して得られた農家の方々のものの見方とがまったく違うということを実感しました。一般的なイメージがいかに偏ったものかということと、フィールドワークは世界の理解の仕方を変える魅力的な方法だということを強く実感しました。もう少しフィールドワークを続けてみたいと思ったことが大学院へ進学するきっかけでした。

I:いま調査をされている、エチオピアを選んだきっかけや、経緯などお聞きしたいです。

金子:んー、それも運というか、いろいろな状況の中でフィールドが決まったので、参考になるかわからないのですが…(笑)。入学した時から、目に見えて手で触れられるモノを対象にしたいです、と言っていたことはよく覚えています。当時の指導教員と初めて面談したときに「君は、実験をすることや、フィールドに機材をもちこんで事物を計測することを考えているのか」といったようなことを聞かれたと思います。いま考えると、アフリカ専攻のフィールドワークの特色をもっともよく表した問いかけだったとおもいますが、そのときは、どうしよう、わたし実験はできないと思って、ノートとペンがあればいいです、と答えたのを覚えています(笑)。

入学して半年くらい調査地やテーマのことをはっきり決められずにいました。その頃、指導教員が別の研究者の方と渡航する予定で、そのときに「君、一緒に行くか?」と声をかけてくださって、エチオピアへ一緒に渡航させていただきました。ちょうどその時期、エチオピアとエリトリアの国境紛争が深刻になり始めていた時で、これまでエリトリアから送られてきていた物資、特に燃料が手に入らなくなっていました。政府機関からの紹介状がなければ燃料を入手できないような状況で、当初予定していた広域調査を断念して、先生のフィールドへ行きました。


写真 1 特別に注文して製作してもらったミニチュアのコーヒーポット。
職人は右は水を運ぶ土器で左は溶かしたバターをいれる土器であると説明した。
(2016年撮影、撮影者:角田さら麻)

 

滞在中は、人びとが生活をしている場になるべくいたいと思い、台所をよく訪ねていきました。訪ねて行った台所に20-30個の土器が転がっているのはめずらしいことではありませんでした。同じ形態と似たような大きさの土器(写真1)がたくさんあったので「壊れているのだろう」と思ってながめていました。だんだんと言葉が理解できるにつれて、土器のひとつひとつに名前がついていて、それらは壊れているわけではなく日常的につかいわけられていることもわかりました。

I:すごい数ですね。ごく一般の家庭でも同じ数だけあるのですか。日本の一般家庭で考えても、お皿ならまだしも調理道具ではあまりないことですね。

写真 2 電気インジェラ調理器(2007年撮影)

金子:はい。調査の結果、1世帯あたり平均12-13個の土器を所有していることがわかりました。日本でも、10個以上の調理具を日常的に使いわけている世帯って少ないと思います。それにまず感激しました。野に近い生活をしているというイメージをもっていましたが、こんなにも細やかに調理具をつかいわける世界がひろがっている、ということが嬉しい発見でした。

アフリカのほかの地域では、土器が鉄製やアルミニウムの製品におきかわっていますが、エチオピアに暮らす人びとは、土器とそれ以外の素材でできた調理具の両方を、状況にあわせてつかっています。イモを蒸すにしても、インジェラというエチオピアの主食となっている薄いクレープ状のパンを焼くにしても、粘土製の調理具を好んで利用しています。都市部では、1970年代頃から円盤型の土器の裏側に電気コイルをつけた電気インジェラ調理器(写真2)が商品化され販売されています。耐久性、機能性、嗜好性などいろいろな要素があいまって、人びとは土器の特性を好んで利用しています。

最初の調査で、土器の利用や製作について調査するのはおもしろいと思い、土器職人が集住している村を調査地にさだめてフィールドワークをはじめました。

I:そこからすぐ、長期のフィールドワークに入ったのですか。

金子:いいえ。このときは1ヶ月くらい滞在しました。学部のときにフィールドへ行ってからすぐにゼミ発表をするということを繰り返していたので、一人でフィールドワークだけしていては、自分の関心を相対化できなくなって危険だと思いました。話を聞いてくれる人が身近にいる状況か、もしくは(最初は)短めに滞在して帰国後早めにゼミ発表をして、それから本調査に入ろうと考えていました。

エチオピアでの最初のフィールドワーク経験というのは強烈でした。言葉がなかなか通じず意思疎通ができないことで色々なことを考えましたし、言語によるコミュニケーションが不自由だったからこそ、相手の気遣いや行動によってたくさん助けられました。日本にいるときよりも喜怒哀楽を表に出すことが何度かありましたし、そういう私とつきあってくれるフィールドの人たちがとても寛容であるということを何度も感じました。

いろいろあったけれども、また訪ねていきたいと思いました。最初の調査では10人にも満たない人たちと密にコミュニケーションをとっていただけでしたので、観察していたモノや出来事に対する理解がどの程度一般化できることなのかと疑問にも思っていましたし、土器の計測ももっと実施したいと思っていました。2〜3cmの土器の大きさのちがいを識別する人たちでしたので、聞き取りと土器の計測結果によって、人びとの土器に対する認識の世界と、実際に存在するモノの世界が交差する場に立ちあえている感じがしてたいへんおもしろかったです。

I:予備論文を執筆される段階から、土器つくりにも直接携わっていたのですか。

写真 3 土器成形の際の手指の動かし方(2008年撮影)

金子:はい。職人から土器つくりを学ばせてもらうことを前提に村入りしました。職人と片言のコミュニケーションをとることができても、言語によって信頼できるデータはなかなか得られないだろうと考えていました。言葉に頼ることができないなら非言語的な情報を得ようと思ってもいました。最初の頃は、土器ばかり成形していたとおもいます。一人の職人にずっとついて、最初から最後の工程まで観察しては成形していました。職人は粘土採取地の近くに集住しています。私が滞在した村には20人ほどの職人が親族とともに生活していました。30分以内で別の職人の作業の様子を観察してまわることができる状況でした。観察しては自ら製作するということを繰り返す過程で、職人がいくつかの手指の動かし方のパターンを繰り返して土器を製作していることがわかってきました(写真3)。

I:現在も土器つくりは継承されているのでしょうか。

写真 4 少女が成形した土器(1998年撮影)

金子:職人はこの15、16年のあいだに増えているとおもいます。調査地で土器を製作している人は、職能集団の女性です。職人たちは、アリという民族のなかでは周縁化されています。アフリカのほかの地域でも土器つくりに関わっている職人たちは文化的、社会的に周縁化される傾向にあります。この職能集団の一員として生をうけた女子は、わたしの知っている限り、みな土器つくりにたずさわっています。6歳頃から市場で販売できるような土器を成形しますが(写真4)、はじめて成形するときから母親に手伝ってもらうことなくひとりで土器を成形します。

I:博士号を取得してからは、どんなふうにエチオピア研究に携われてきたのでしょうか。

金子:博士論文を提出したあとは、放心状態になってました(笑)。これからどうしようかなと思ったときに、土器とはちがうモノに目をむけるようになりました。まずは、コーヒーの青葉でした。コーヒーの青葉を煎じて飲むという慣習がエチオピア西南部には少なくとも100年くらい前からあります。コーヒーは標高約1600m以下のところでしか栽培できません(近年、栽培の限界高度もだんだんとあがってきています)。定期市では1600m以上の「高地」に住む人たちが青葉を購入し(写真5)、1600m付近に暮らす「低地」の人たちは、「高地」の人が生産するエンセーテというバショウ科の植物の発酵デンプン(写真6)を主食として購入しています。


写真 6 エンセーテの発酵デンプン(2014年撮影)

写真 5 コーヒーの青葉(2013年撮影)
 

貨幣があまり流通していなかった頃は、この定期市で、それらのモノを物々交換していました。私が調査をしているときも、土器をコーヒーの青葉や農産物と交換している場面を観察しました。それを見ていて、庭畑にたくさん生えているコーヒーノキの青葉が貨幣のように交換できるモノとしてあつかわれることに関心をもつようになりました。コーヒーの青葉に限らず発酵デンプンのような農産物としてのモノにも着目して、それらがどのような環境で栽培され、収穫され、定期市でやりとりされ、さらにはどんなふうに消費されているか、といった生産から消費までの一連のプロセスを定量的に把握する生態人類学的な調査にも取り組んでいます。

もうひとつは、エンセーテの繊維です(写真7)。この対象については、個人の研究というよりも、染織の専門家の方に協力していただいて、実践的な活動もふくめた共同研究として取り組んでいます。具体的には、エンセーテの繊維をつかって土産物(写真8)を村の学生グループとともに製作するということに取り組んでいます。

最初は、調査地にこれまでなかった技術やモノを導入するということに対して抵抗がありました。フィールドワークをはじめたときは、私がフィールドにいることで、そこに暮らしている人たちの生活に影響を与えないようにしたいと思っていました。


写真 7 エンセーテの繊維(2012年撮影)

写真 8 エンセーテの繊維からつくったポストカード
(2016年撮影、撮影者:角田さら麻)
 
I:はい。長く滞在すればするほど、そういうことを考えます。

金子:15年以上この調査地にかかわってきて今さらながら実感するのは、フィールドワークをしている段階ですでに、自分の存在はもうそこにあるもので、影響を与えないなんて不可能だということです。外部から入ってくる人やモノと、自分の存在を少しは相対的にとらえることができてきたと思えるようになったこと、また、実践的な活動もふくめた共同研究に参加してくださる専門家の方とも知り合いになったという状況がかさなりあって、2008年から実践的な調査研究に着手できるようになりました。

繊維をつかって、糸をつくって縒って、編んでから鞄をつくったり、布を織ることにも取り組みました。その中で、この活動に賛同してメンバーになってくれた人たちに受け入れてもらえたのが紙つくりでした。この2〜3年で製作するモノや技法が確定してきました。こういった実践的な活動のかたわら、わたしたちが紹介した技術を、彼らがどう受けとめて在来化していくかという過程も含めて協働の過程を記録しようとしています。

I:長年調査をするなかで、調査対象がシフトするだけではなく、そこに新たな要素を加えながら実践的な調査研究をおこなっているのですね。

金子:そうですね。こちらから関わりつづけていくと、想定していなかった状況がうみだされることを実感しています。もうわたしたちがいなくても、彼らだけで紙を製作できるようになって数年たちました。次は「綺麗に」つくるという、彼らにとっては自分たちとは異なる基準について、共通の理解を確立しないといけないのかもしれないという話になっています。外国人に買ってもらうために「綺麗に」つくるということも大事だけれど、彼らが考える「綺麗」という状態がどういうものなのか知っておきたいと考えています。ひとまず「綺麗」という表現に対する認識の仕方についての予備的な調査をはじめたところです(写真9)。


写真 9 エンセーテの葉のサンプル一覧。30人のメンバーを対象にこの一覧のなかから「綺麗」と思うものを指し示してもらった(2016年撮影、撮影者:角田さら麻)
 
I:こういうことの積み重ねが、また次回、調査をするときの課題としてつながっていくのですね。

金子:そうですね。土産物の製作ということに取り組むようになってからは、メンバーとともにその活動をエチオピアのコミュニティ博物館で展示するという活動にも着手しています(写真10)。アフリカにおける観光に関わる営みでは、外部からのイメージにあわせて、それを見せものとしたり、商品としてモノを販売することによって利益を得ている場合が多いと思います。博物館での展示を、外部からのイメージとは異なる自らの活動や考えを積極的に発信していけるような手段のひとつとして位置付けてもらうことができたら、と希望しています。ただ、いまのところ彼らはあまり関心がないみたいです(笑)。こういった展示活動は、エチオピアなどアフリカの国々で実施するだけではなく、日本でも開催しています(写真11)。展示を介して、日本でメディアが十分に伝えてきれていないアフリカの日常を伝えていくことができればいいなとも思っています。


写真 10 エチオピアの地域博物館での特別展示(2014年撮影、撮影者:Merkab氏)

写真 11 京都大学博物館のエントランスでおこなった展示(2015年撮影、撮影者:高野紘子氏)
 
I:さいごに、アフリカ研究を志そうとする方がたにアドバイスなどをもらえますか。

金子:日々の生活のなかであたりまえとおもって見過ごしていることに、疑問をもつことができる人と一緒に調査研究活動に取り組んでいけたらうれしいです。地域研究という領域にかぎらず、医学や農学、工学、認知科学などさまざまな専門分野の方にアフリカという場所でそれぞれの研究をすすめることも考えてほしいなと考えています。

I:本日は、貴重なお話ありがとうございました。

金子:こちらこそ、ありがとうございました。

教員インタビュー >>